006 愛の言葉
「僕のダンデライオンである君に、真心の愛という僕からの花言葉を受け取ってほしい」
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……………………あー、
「えっと、もっちん。その言葉、一体誰から聞いたの? いや、だいたい想像つくというかほぼ一人しかいないけどあの野郎」
「アッキー。ぐっさんの必殺の殺し文句がこれだって言ってた」
僕の真向かいに座るもっちんから告げられた言葉に、僕は天井を仰いだ。
後ろの方でクラスメイトと馬鹿騒ぎしている人物にかつて無いほどの殺意を向けながら、僕は観念したようにため息をついた。
「ああ、そうだね。迫られたとはいえ、その言葉を考えたのは確かに僕だ。笑ってくれていいよ」
「うん? 笑う所、あるかな?」
自嘲気味に言ったが、もっちんは逆に首を傾げた。
「だって、ぐっさんが真面目に考えた言葉なんでしょ? だったら笑えないよ」
もっちんはわりと真剣な顔でそう言ったが、僕はそれに苦笑で応じた。
僕があんな恥ずかしい……というか残念すぎる告白をすると、もっちんは本気で思っているのだろうか。だとしたら、もっちんはあまり僕という人間を理解できていない。
僕は一つ深呼吸してから口を開いた。
「もっちん。あれ、冗談だから。僕はそんな恥ずかしい告白はしない」
「あ、そうなんだ。だよね、ぐっさんが『真心の愛』とか言うわけないもんね」
「当り前じゃないか。この僕だよ?」
納得したように頷くもっちん。わりと人にすぐ騙されるもっちんだけれど、さすがに半信半疑だったらしい。
よかった、僕にあんなセンス皆無な告白をするロマンチストというイメージがつかなくて。そんな風に認知されるようなら、僕はその瞬間に教室の窓からダイブする。
「じゃあさ。もしね、ぐっさんが本気で告白するなら、どんなこと言うの?」
いかにも興味津々といった様子で、身を乗り出すもっちん。
……そうか。そうきますか。
「さあ。そもそも僕が、誰かを好きになるなんて事があるのかが不明だけど」
「ぐっさん、もしだよもし。イフですイフ。『一〇〇万円拾ったら何するか?』みたいなノリだって」
「一〇〇万なら警察に届けるよ。一万なら拾うけど」
「わたしも一〇〇万は拾うの恐いかなー。って、話逸れてる」
ちっ、気付かれたか。意外としっかりしてるな、もっちん。
「真剣に答えると、そういう言葉が思いつかない。口先だけならいくらでも言えるさ。だけどそういう気持ちは、たぶん言葉だけじゃ伝わらないんじゃないかな」
もっとも僕の場合、そういう言葉を口にする度胸も自信もない。するつもりなんて元よりなし。
他人から見れば臆病と思われるかもしれないけれど、それは違う。もっと単純に、僕がそんな場面に自分がいる事をまったく、これっぽっちも想像できないというだけの話だ。
「ふーん。なんか、ぐっさんらしいような意見だね」
「『らしいような』っていう日本語表現はどうかと思うけどね」
不確定ダブル。
「逆に、もっちんならどういう言い方をするの?」
「え?」
僕がそう言うと、もっちんはそんな事考えていなかったかのような、気の抜けた声を漏らした。
「参考までに」
「うーん、わたしの殺し文句かー」
呟くと、もっちんは目を瞑って黙った。腕を組んで時折「うーん」と唸っている所から察するに頭の中で考えているのだろう。
一分も経っただろうか。飽きもせず悩む姿を眺めていると、ようやくもっちんは目を開けた。
「思いついたけど、ちょっと恥ずかしいなぁ」
「いや、別に無理に言う必要はないけど」
「んー、でもぐっさんの未来の為にも、わたしも愛の言葉を言っとかないと」
いつの間にかもっちんの中で僕の未来が懸かっていた。知らない内に殺し文句が愛の言葉なんていうもっと恥ずかしい言葉になっているし。
「えっと」
心なしか顔を赤くして、もっちんは真面目な顔をして僕の方を見た。
「好き、です」
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「うわっ、言ったらもっと恥ずかしいよぅ。でもぐっさん、『好き』って言葉はシンプルだけど、気持ちが伝わらないってことは――――って、ぐっさん? おーい、ぐっさーん」
「え? あ、ああ。ありがとう」
「ありがとう?」