007 幸せの定義
「ぐっさん、質問。あなたに恋人はいますか?」
「……………………は?」
「いえす、おあ、のー?」
「ノーだけど」
僕が座っている前の席にこっちを向いて座っているもっちんは、僕の答えを聞くと手に持っていた雑誌に視線を落とした。
「第二問。あなたに友達はいますか?」
「えー、イエス、かな」
「あなたの両親は健在ですか?」
「イエス」
「あなたに夢はありますか?」
「ノー」
「あなたに今、悩みはありますか?」
「……イエス。っていうか、もっちん。さっきから何?」
「ストップ。ちょっと待って」
疑問符を浮かべる奥の方にずいと掌を向けたまま、もっちんは雑誌に視線を落としてぶつぶつ何か言っている。
仕方ないので言われたた通りちょっと待ってみると、もっちんが顔を上げた。
「出ました。ぐっさんの幸せ度数は六二点です」
「ああ、そういうコーナーか」
おそらく星座占いなどと似たようなものだろう。それを僕にやってみたらしい。
「うん。でも、なーんかいっつも、みんな六二点になっちゃうんだよねえ」
「それはそうだろうね。なんせ項目が五つしかない上に、みんな似たような答えしか出ない問いだから」
だいたい、恋人や友人、夢の有無だけで幸せ度数なるものが計測できるわけがない。
恋人や友人がいるからといって幸福とは限らないし、逆にいなければ不幸というわけでもない。
だいたい、幸せなんてものは個人によって全く異なるものだ。
友達と共にいる事が幸せだという人間がいる。
他人を蹴落とす事が幸せだという人間もいる。
両者の間に同じ幸せの定義があるとは思えない。どう考えても相容れない、むしろ相対的な位置にある二つの幸せ。
結局のところ、幸せかどうかなんて本人が決める事だ。こんな適当な質問だけで、人様の幸せなんてわかるもんじゃない。
まぁ、所詮は雑誌の一コーナー。いちいちこんな風にけちをつける方が馬鹿らしいのだけれど。
「ちなみにもっちんは何点だった?」
「ぐっさんといっしょ。ちなみに答えもいっしょ」
……………………そうか。なんとなく安心した。
「じゃあ、もっちんはその点数に満足した?」
僕の問いに、もっちんはふるふると首を振った。
「だって、幸せだって、思ってるから。もっちんさんの幸せ度数は基本的に一〇〇点です」
「へえ。幸せだね」
「うん。幸せだよ」
にっこりと笑って答えた。
「それじゃあ、なんで幸せなの?」
また僕が訊ねると、今度は「んー」と短く唸る。
「わかんない。強いて言うなら、幸せって思ったから幸せなんだと思う」
「なるほど。こう言っちゃあれだけど、わりと適当なんだ」
「いやいやぐっさん、それは違うよ。楽しいってことはさ、なんて言うか、やっぱり『楽しい』ってことでしょ? 悲しいってことも、結局『悲しい』ってことだし。だからおんなじように、わたしが『幸せ』だって思ったから、わたしは幸せなんだと思うな。えーと、そういうことでおっけー?」
自分の考えがちゃんと伝わったかどうか不安なのか、もっちんは少し自信なさげに訊いてくる。僕はそれに少しだけ笑みを作って応じた。
例によって、もっちんの感覚的な物言い。言葉で表現できてなくて、そのくせよくわかる言葉。
けれどその言葉以上に、僕はもっちんの言いたかった事がよく理解できたように思う。
自分が幸せだと言った時の笑顔。あの笑顔は確かに、彼女が幸せだという証拠に他ならなかったから。