009 トランプ
「ほら、彩花の番だよん」
「…………これだッ!」
やたらと気合いの入った声とともに、もっちんがカードを引き抜く。そのカードは――
「また来たー!」
ババだったらしい。もっちんは嘆きの叫びを上げるとそのままがっくりと項垂れた。なんともわかりやすいリアクションである。
只今僕の目の前の席にて、もっちんを含む女子四名がババぬきを行っている。
現在もっちんの五連敗中。今ババを引いてしまった時点で六連敗は確定だろう。なんせもっちんは思考と表情が直結しているのではないかというくらい顔に出るので、この手のゲームはよほど運に恵まれ出もしない限り勝つ事がない。その上相手の表情にいちいち過剰に反応してしまうので、それが演技だとしても何の疑いもなく信じてしまう。まさしくカモだった。
まぁ、何を賭けているというわけでもないただの遊び。もっちんをカモとしている三人も、もっちんの反応を見て楽しんでいるだけだし、僕が何か助け船を出すような必要も意味もない。
ちなみにそんな僕は、彼女達の後ろの席で読書中。BGMの如くもっちん達の対戦を聞き流していた。
「はいペアげっとー。これで彩花の六連敗ね」
「うー、なんでもっちんさんはこんなにもババぬきが弱いんですかー……」
明るさ底無しのもっちんもさすがに六連敗は堪えたらしい。捨て札で半分埋まった机に力なく突っ伏した。
「そりゃあアレよ。彩花って顔に出てるもん」
「うん。どれがババか一瞬でわかるし」
「まぁもっちんが弱いのは七並べもダウトも麻雀もだけどねー」
順番に駄目だしされるもっちん。何となく憐れだ。
って待て。他はともかく、最後の奴は女子高生がやる代物じゃないだろ。一つだけトランプですらないし。
僕の心境はともあれ、もっちんは最後に残った手元のジョーカーに視線を落とした。恨めしそうに一言。
「なんかこのジョーカーが憎い……」
もっちん、それは八つ当たりだ。
「トランプなんて運と心理戦なんだから、なにもジョーカーが悪いわけじゃないじゃん」
「そーそー」
「でも、わたしの何かがこいつを引き寄せてる気がする……。ぐっさん、そう思わない?」
トランプを睨みつけていたもっちんが突然僕の方へと話を振った。自然、残りの三人の視線も僕に集中する。
……なんでいきなり僕に言うかな。これまでババ抜きどころか会話にすら参加してなかったというのに。
が、他ならぬもっちんの質問だ。無視する理由がない。僕は諦めて文庫本を閉じ、改めて訊き直す。
「…………何だって?」
「もっちんさんがババ抜きで負け続けてるのは、もっちんさんが何かの力でジョーカーを引き寄せてるからじゃないかなーって」
それは気のせいだと即答しようとして、やめた。理由はなんとなく。
「もっちん、それは別に悪いことじゃないと思うよ。ジョーカーを引き寄せるなんてなかなか稀有な才能じゃないか」
「うーん。そう言われても、負けっぱなしだしあんまり嬉しくないかも」
「まぁ、ババ抜きをしてる限りはそうだろうね。ジョーカーを引いちゃいけないんだから。逆に言えば、ジョーカーを有効に使えるゲームなら楽しくなるんじゃない?」
「はっ、なるほど! ぐっさんナイス!」
一転して気力が復活したらしいもっちんは、やる気満々な様子でトランプをかき集め、「次は大貧民で勝負!」と三人に提案した。三人は意気込むもっちんに可笑しそうに笑いながら、同意を示す。
大貧民ならババ抜きよりも運の要素が大きいから、ババ抜きほど酷い結果にはならないだろう。何より嘘とはいえ方便でもっちんのやる気が復活したことは我ながら良い仕事だ。
まぁ、どの道心理戦でもっちんがカモられることには変わりないだろうけれど。
また打ちひしがれているであろう一〇分後のもっちんを想像しながら、僕は再び読書に戻った。