011 データ
「谷口谷口。データは嘘をつかないっていうけどさ、それってマジなの?」
空いている僕の席に後ろ向きで腰を降ろすなり、アッキーが言ったのはそんなセリフだった。
「……アッキー。いつも思うんだけどね、アッキーが僕の所へ来る時って何故いつもそんな微妙なニュアンスの話題を持ってくるわけ?」
「え。だって谷口、そういう話題しても笑わないし真面目に答えるだろ? 他の奴に訊いても変な奴っていっつも笑われるし」
はっきりそう言われると、僕には答えようがなかった。一応、その通りだったからだ。
アッキーには友人が多い。僕のようにクラスメイトの域を出ない友人からもっと親密な関係である親友まで、実に幅広い交友関係を持っている。その上で、話したい内容によってその時最も話せる友人の所へ行くのだ。例えば野球の話なら佐木の所に行くし、歌手の話なら蒼井の所。
そして、今回のような他人に訊いても微妙な反応をされたり笑われそうな話題については、何故だか僕の所へ持ってくるよう設定されてしまったようだ。
思考することが半ば趣味と化している僕としてはまぁそれを拒む理由もないわけだが、一方でそれでとばっちりを食らう事もあるので判断に迷う所。必殺の殺し文句の件とか。
「で、実際どうよ?」
「まぁ、嘘をつかないっていうのは本当だと思うね。データが嘘をついているんじゃなく、人が勝手にデータに騙されているだけだし」
「偽情報とかは?」
「データはただ提示されているだけ。どんな意図があろうと、データ=真実じゃないんだから、やっぱりデータが嘘をついているってわけじゃない」
結局のところ、どんな情報であれそれを信用するしないを判断するのは人間であり、またどのように利用するのか考えるのも人間だ。騙しているのは人間で、騙されるのもまた人間。「データは嘘をつかない」なんて言い出したのも人間でしかない。
「へー」
「というか、なんでいきなりそんな事言いだしたんだい?」
「漫画で出てきたから」
「……データに踊らされてるよ、アッキー」
漫画なんてまさに嘘をそれっぽく言うものの代名詞みたいなものだというのに。
「じゃあ『データは全てそろった』とか言っちゃうメガネキャラもデータに踊らされてるってことになるんだな」
「それはデータに踊らされてるというより、データを過信しすぎているんだと思うけど」
基本的にその手のキャラってデータ以上の行動に戸惑っている内に負けるキャラだし。データを信じるあまり適応力に欠ける事となった典型的な例だろう。
そんな僕の突っ込みを聞いているのかいないのか、そのテンションだけでは判別できないアッキーは、「よっ」という声と共に立ち上がった。
「なっとく。サンキューな、谷口」
「どういたしまして。今度はもう少し答える価値のある疑問を提示してほしいけど」
「そう言うなって。あ、不満ならお礼にいいこと教えてやるよ」
そう言うと、立ち上がったアッキーは僕の耳元まで腰を屈め、口元に手を当てた。まるで内緒話をするようなポーズ。
「望月って、上から七八・六四・八二のCらしいぞ」
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…………………………いや待てアッキーはまだ何の数値がとは言ってない。
「Cってあんなもんなんだなー」
「アッキー、それ何の話?」
「え。何って、スリ――」
「ごめん僕が悪かったからその先は言うなってか何でそんなの知ってんの!?」
「吉森の友達に、身体測定の時に保健室に忍び込んで女子の診断書ゲットした奴がいるんだってさ。吉森がそれ聞いて、そんで俺に言った」
「アッキー、それは個人情報流出だ。罰として今から吉森とその友達とやらに社会的制裁を加えようと思うんだけど、協力してくれるかい?」
「谷口が冷静さを失ってる!?」
何を言う。僕はかつてないほど冷静だ。
そう言おうとした所で、休み時間の終了を告げるチャイムが鳴った。何やら僕の顔を見て頬を引きつらせていたアッキーは、「犯罪はやめろよ」と言い残してそそくさと自分の席へと帰っていった。
犯罪だなんて。アッキーは僕の事を誤解している。僕は単に、二度とそんな馬鹿げた真似をしないように警告の意味も含めてちょっとした罰を与えようとしただけなのに。
アッキーを見送り、次いで僕はなんとなくもっちんの席を見た。彼女はすでに席に着いており、次の授業の教科書を机の中から出している所だった。
……七八って、少なくとも大きい方ではないよなぁ。
一〇秒後、もっちんを眺めながらそんな事を無意識に考えていた事に気付き、自分を真剣に殴りたくなった。
やはり人間は情報に踊らされる生物のようだ。