014 100分の1の可能性
「ぐっさん、一〇〇人に一人がなれるんだって」
「何が?」
「億万長者」
もっちんが読んでいた雑誌を僕に差し出す。そのページの下部にある宝くじの広告だった。
その広告によれば、なんでも一〇〇人に一人が一〇〇万円当選するらしい。一〇〇万ごときで億万長者とは言いすぎな気もするが、まぁ大金には違いない。
「これ送ったらなれるかな、億万長者」
「別に止めやしないけど、一〇〇分の一ってそうそう当たらない可能性だよ。仮にうちの学年全員が挑戦しても、二人しか当選しないってわけだし」
言ってから、二人して想像してみる。
「……案外当たりそうじゃない?」
「……確かに」
身近な例を上げてみたものの、そこまで非現実的な数値でもないかもしれない。
「所詮宝くじなんてそんなものだよ、もっちんこと望月さん」
かけられた第三者の声に、僕ともっちんはそちらを向く。
例によって空席、故にもっちんが座っていた席の主である曽根原だった。
「あ、マリさん。今日は次の授業でるの?」
「ああ。英語は今週まだ出ていなかったし。そうだろう? ぐっさんこと谷口君」
「君の出席状況なんて僕は把握してない」
そんなやり取りをしつつ、もっちんが立ち上がり、代わりに曽根原が席に着く。
「それよりも二人とも、一〇〇分の一なんていう数値に逃げ腰になる理由はないよ。なんせ一〇〇度繰り返せば必ず一度は当たるわけなんだし」
「その一〇〇度が辛いだろ」
「ふむ、それじゃあこういうのはどうだい? 望月さん、一〇〇分の一は二〇〇分の二だね?」
「うん」
「一〇〇〇分の一〇も、同じく一〇〇分の一」
「うん」
「一〇〇〇〇分の一〇〇も、つまりは一〇〇分の一」
「うん。それで?」
わかっていない様子のもっちんに、曽根原は楽しそうに人差し指を立てる。
「わからないかい? 結局だね、一〇〇〇〇回宝くじを買うつもりで買った最初の一〇〇枚が全部当選したとしても、それは一〇〇〇〇分の一〇〇、つまり一〇〇分の一ということだよ」
いやなんだその理屈。
「おお! マリさんすごい発見!」
しかしもっちんは話の矛盾にまったく気付いていなかった。純粋故に人の言葉をそうそう疑わないもっちんらしいが、なんだかもっちんの将来がとても不安だ。
聞いていられなくなって口を開こうとしたその時、ちょうど授業開始を告げるチャイムが鳴った。もっちんは「あ」声を漏らすと、僕が注意する暇もなく手を振って自分の席へと戻っていく。
残されたのは、中途半端に口を開いた僕とそれを可笑しそうに眺める曽根原。
「望月さんは面白いねえ? 谷口君」
「……それは同意するけど、つまらない事をもっちんに吹き込むな。だいたいなんだ、さっきの馬鹿みたいな理屈は。最初の一〇〇回全てが当たるなんて、一〇〇の一〇〇乗分の一だろ」
二回連続で当たる確率すら一〇〇〇〇分の一。一〇〇乗なんて、もはや数える気にもならない。
しかし曽根原はやはり笑うだけだった。
「おいおい、僕が提示したのはあくまで数字だよ? 一〇〇分の一だろうが一〇〇の一〇〇乗分の一だろうが、可能性があるのならばそれは『起こり得る』。結局ね、この世には『起こる』か『起こらないか』しかない」
「極端な二元論だな」
「その通り。結果を見れば全て二元論さ。いや、それ以前に、運命と言うべきかな?」
「曽根原。君に似合わない、とてもロマンチックな話になってきたぞ」
「逆に谷口君にはロマンが足りないと思うけどね。だいたいね、宝くじなんて当たればラッキーぐらいに思って買うものだよ? ありふれた日常の中に、もしかしたら訪れる非日常。似たような日々にちょっとした刺激を加える、そんな程度のものなんだ」
まぁ、それは確かにそうだ。誰も心の底から「絶対に当選する」なんて思って宝くじを買わない。「もしかしたら」。それくらいの気持ちで買っているはずだろう。
一〇〇分の一という可能性も、僕ともっちんがそうであったように「もしかしたら」をより強く思わせられる数値だし。
「ところで、そう言う曽根原は一〇〇分の一の確率で一〇〇万円が当たるのなら、宝くじを買うのか?」
「馬鹿を言うなよ、谷口君。二分の一ならともかく、一〇〇回もやらなければ当たらないものを僕がやるわけないじゃないか。当選したかの確認作業も面倒くさいし」
……じゃあ何故もっちんにはそんなにも買わせようとしたんだよ。
そう思ったけれど、ちょうど英語の先生が教室に入ってきたので口には出さなかった。