016 クラシカル
「ところでもっちん、一つ言いたいことがある。僕は古文が苦手教科で嫌いな教科だ」
「ぐっさん、そういうこと言ってる場合じゃないよ」
「……そうだね。現実逃避はやめるよ」
もっちんの至極まっとうな突っ込みに、僕はげんなりしながらも同意した。
僕が逃げ避けたい現実、それは明日が古文の小テストだということだ。
何故か古文担当の先生は一週ごとに小テストを行い、僕のような古文不得手な生徒に対して嫌がらせをしてくる。もちろん小テストの成績だけで期末の成績評価全てに影響を与えるわけではないけれど、そもそも中間テストや期末テストの点が取れない以上、平常点を蓄積して下げられるのは結構痛い。
小テストなどせず宿題の量を増やす程度にしてくれればいいものを。それならまだどうにかできる…………とは思う。少なくとも、こうして休み時間を勉強に費やす手間はなくなるはずだ。
「そうそう。でもぐっさんって、なんで古文苦手なの? 国語も漢文も、別に点数悪くないよね?」
テスト予習を見てくれるもっちんが問題集をパラパラとめくりながら訊ねる。ちなみに何故もっちんが僕の勉強を見ているのかというと、古文を教えてもうら代わりにもっちんの数学を僕が見るというギブアンドテイクな関係だからだ。
「あの現代語の形態も残りつつ微妙に別の言語になっている状態が嫌なんだ。今とは違う解釈の言葉もあるし、中途半端に理解できる状態が気持ち悪い」
「じゃあ英語とかも?」
「外国語は元々他言語だってわかってるから割り切れる。漢文もやってる内容は基本的に中国の事だし、解釈が違うのも納得できるから同じく割り切れる。古文は同じ日本人なのにニュアンスが違いすぎて嫌だ」
「なんか聞いてると、ぐっさん方言とかも苦手そうだねえ」
「関西弁くらいはなんとか。でも他の方言となると、多分そうだろうね」
もっちんに自分の古文嫌いを語っていて気付いたけれど、僕はおそらく、元々持っている価値観にそぐわないものに対して嫌悪感を抱くタイプのようだ。柔軟性がなく、頭が堅い。
しかも質が悪いことに、僕が元々持っている価値観というものは、大抵のものが捻くれている。穿っていて、歪んでいる。
僕が他人を信じない捻くれ者なのは、そういう理由からかもしれない。
「うーん、ぐっさんの言いたいことって、なんていうか、普通じゃないのが嫌いな感じ?」
「そうだね。例外を認めるのが嫌いなんだと思う」
我ながら若者に相応しくない考え方だ。
「じゃあさ。例外が普通、って考えたらいいんじゃない? これはこれ。あれはあれ。みたいな」
「……それが結構難しかったりするんだけどね」
「かもねー。だけど、人間だってそうでしょ? 文系でも数学好きな人いるし、古文はできなけど古典作品は好きな人もいる。やっぱりさ、完全に分類できるってわけじゃないと思うんだ」
「僕は理系だから古文は好きになりたくないよ」
「うん、もっちんさんも数学好きになれそうにないけど……ってちがう! そういう話じゃなくて、うーん、なんて言うかなぁ」
「言いたい事はわかるよ。大きく分類しすぎずに、一つ一つに対して「そうである」ということを理解しよう、という事だよね」
まぁ勉強においてはそれを丸暗記とも言うのだけれど、どうせ僕は応用できるほど古文が得意になるとは思えないし、そうしたいとも思わないし、そうならなければならないこともない。勉強に対する古典的手段だが、無理に理解しようとして失敗するより、丸暗記の方が明日の小テストには向いていそうだ。
「んー、たぶんそんな感じ」
「そういう事なら、まずはこのページの暗記から始めるとしよう」
答えるようにそう言うと、僕は教科書のテスト範囲をノートに写し始めた。
ちなみにテスト勉強を丸暗記という方法に変えるとそれこそ教えるという工程が不要になるのでもっちんが僕の勉強につく必要はなくなるのだけれど、まぁいるからそれが邪魔になるというわけでもないので、僕は特に何も言わずに作業を続けた。