022 白い花
「強そうな白い花って知ってる?」
「……そういえば知らないね」
ずいと顔を近づけて質問してきたアッキーに対し、僕は身を引きながら答えた。
「たくましいでもいーんだけど」
「ちょっと花には詳しくないし、思いつかないな。それよりアッキー、顔が近い」
「あ、わりー」
アッキーは口調通りたいして悪気を感じてなさそうな表情で、僕の前の席に座り直した。
最近、違う人物と似たようなやりとりをした事があったような気もするが、別にあった所でどうというわけでもないので気にしないことにする。
「で、なんでそんな事を?」
「ん? 学校くる途中で白い花が散ってたから」
アッキーらしいわかりやすい理由だった。
「ヒマワリとかバラは強そうじゃん。でも白くて強そうなのって知らねえなーって思って」
「疑問はもっともだけど、そのくらいの質問なら僕じゃなくて女子にした方がいいんじゃない? 曽根原とか無駄知識に脳細胞を費やしてるからきっと知ってるよ」
「えー、曽根原はウソつくじゃん。この前なんて、数学の宿題のページ聞いたら『三〇ページだよ。英語だけど』って答えやがったんだぞ?」
「それ単に話が噛み合ってないだけだよ」
嘘とかそれ以前の問題だ。まぁ曽根原の場合、わざと噛み合わせていない可能性も否定しきれないけれど。
「そうなんだ。まぁそう言われればそうかもしれないね」
知っている女子を頭の中で軽く思い出してみるが、若干一名、不必要な知識だけはやたらと知っていそうな奴を除いて、そういうイメージがある人物はいなかった。
花に詳しい女子というのも、そろそろステレオタイプなのかもしれない。
「白い花は詳しくないけど、白い花が何故強そうに思えないかは答えられるけど」
「まじで? あ、いやストップ。一回自分で考える」
こちらに掌を突き出してそう言うと、アッキーは腕を組んで目を閉じた。そんなに真剣に考える必要はないと思うけれど、別に止める理由もないので僕は何も言わなかった。
白い花が強く見えない――もっとはっきり言うなれば、弱く、儚く、頼りなく見える理由。
白という色は、絵具を連想すればすぐわかるように、他の色に染まりやすい。
侵食、支配、蹂躙。染まるという言葉は、言葉を選べばこんな風にも置き換えられる。
真っ白なキャンバスはどんな色も拒まない。故にどんな色にも染められ、本来の純白を失う。
そんな、世界を彩る「色」というものにして不自然なほど脆弱なのが白。
その上で、花。咲いている間は華やかであっても、必ず枯れ、朽ちる花。
二つの弱いイメージを持つ白い花という言葉は、それ故に強そうに見えないのだろう。
「よし、わかった」
そんな風に偏った理論を考えていると、アッキーはそう言って僕の方に向き直った。
何故かその手にはルーズリーフとシャーペンが握られている。
「よく見てくれ」
言いながら、アッキーはルーズリーフに文字を書き始める。
『白』、『黒』、『赤』、『青』、『黄』、『緑』と六文字書いた所でシャーペンを置いた。
「白がなんか雑魚そうじゃね?」
「…………そうだね。貧弱さがすごいね。あとその理論で行くと緑の防御力がすごそうだ」
「赤は攻撃力高そうだよなー。そんで、青がスマート」
「黒の安定感もなかなかだと思うよ」
「逆に黄色は上は強えんだけど、足下おるすって感じだな。あ、紫は集団っぽい」
「赤とか青は、緋とか蒼みたいに終盤強化してきそうだね」
「それおもしれーな」
そんなやり取りをしながら、思いついた色をルーズリーフに書き出していく。
当初の論点とどんどんずれていくが、まぁ所詮僕らみたいな学生の話題なんてころころ変わるのが当たり前。それこそ儚い白い花の如く、消え去るのは一瞬だ。元々固執する理由もなかった事だし、気にしても仕方ない。
けれど、一応は答えを聞いておくのも相談を受けた側の義務だろう。
「この碧って字だと二属性持ってるみたいですげーじゃん」
「確かにね。ところでアッキー」
「なに?」
「結局、白い花が強くなさそうに見える理由はわかった?」
「…………あっ」
完全に忘れていたように声を上げたアッキーに、僕は思わず苦笑した。