024 選択肢
「ぐっさんはなんて書いたの?」
「何が?」
「進路希望」
そう言ってもっちんは持っているプリントをひらひらと振った。
それは昨日のHRで配られた進路希望調査票だった。もっちんの持っているそれは、まだ肝心の欄が空白のままになっている。
「進学」
「文系とか理系とか書いた?」
「いや。別にいらなかったみたいだし」
僕がそう言うと、もっちんはそっかーと呟いて調査票に視線を落とした。
「もっちんは、就職する気でもあるの?」
「んー、特になし」
「じゃあ無難に進学でいいと思うけど。周りもそうしてるだろうしね」
「うん、たしかにそうなんですけども」
納得していなさそうな声と表情でもっちんは続ける。
「大学とか専門学校ってすごいお金かかるじゃん。や、別にもっちんさんの家が貧乏って話じゃなくて、そんなに好きでもない勉強のためにうん十万もお金かける必要あるのかなぁって思って」
「掛かるコストのわりにリターンが少ないと」
「まぁ、そんな感じですはい」
見透かされたようで恥ずかしかったのか、心持ち照れ気味に頭を掻きながらもっちんは答えた。
僕自身、大学生や専門学生と接点があるわけではないので独りよがりなイメージになるが、もっちんのように「勉強が好きなわけではないけれど大学に行っている」という生徒はとても多いと思う。
もちろん、理系文系など細かな進路を決める上でどちらに興味を持てるか、嫌いな科目はどちらか、といったような事はあるだろう。しかしそれはあくまで指針の一つであって、特に勉強自体が最大の目的である大学生は、昨今の日本においては少数派だろう。
では何故高校生のほとんどが大学へ行くのか。その答えは、極端に言ってしまえばこうではないだろうか。
「もっちん。僕が思う、大多数の人が大学へ行く理由だけど」
「ん?」
「世の中の、というか日本の大学生かな。彼らが大学へ行く理由はね、自由になれるからだと思うよ」
「自由?」
反復したもっちんに、僕は頷き返した
「高校生と大学生の最大の違いって何だ思う?」
「んー…………大人っぽいところ?」
「まぁそれもある意味正解の一部ではあるね。僕が思う最大の違いは、行動の制約が一気になくなる所だ。大学生って普段、何をしてるイメージがある?」
「えーと、バイトとかサークルとか飲み会とか旅行とか? 授業さぼったり、あとうぇーいって言ってるんだっけ」
「最後のはよくわからないけど、その内のどれをとっても、高校生にとってはそうそうできるものじゃない。やろうとしても、親の同意だとか法律なんかでそうそう実行できない。そういった縛りが、大学生になると突然なくなる」
もっとも、実際はそれらの行動に対する責任が親や学校から本人に代わったというだけの話。その責任を遠慮なく負ってもらえる環境にいたのなら、おそらく何歳であっても大学生と同じ振舞いが出来るだろう。
もちろん、そんな環境にいる人間は圧倒的に少数派だけれど。
「でも、それって大学に入らなくてもできるんじゃない? ニートっていうと駄目っぽいけど、ああいう人って自由だと思うなー」
「確かにね。でも、その気になれば専門的な事をいつでも学べる環境にいるのは大学生だけだ。それに、大学生という肩書きを持っていれば、労働してなくてもたいして問題もないように見える。彼らは『何もやらない』という選択肢ですら認められる。期間限定だけれど、文字通り『何でもできる』わけだ。これが自由でなければ一体何が自由なんだって話だよ」
庇護という名の縛りがなくなり、選択肢が激増する。選択肢が多いことは、それだけ自分の意思で自分の行動を選べる、つまり自由な振舞いができる。
その自由な振舞いとしての選択がバイトやサークルや飲み会なのだから、大人が「最近の若者は」と嘆くのもわからないでもない。
もっとも、若者たちがそういう風に大人になっていく社会を作った今の大人たちが、そんな事を言えるほど偉いのかは疑問ではあるが。
僕の論にもっちんは「ふーむ」と唸った。
「なんかそれって、学費で自由を買ってるみたいに思えなくもないですが」
「そうなると、どこの囚人だよって話になるね」
大学四年間は人生最後の自由期間。
そう呼ばれる事を考えると、自分で言っておいてなんだが、確かに社会人というものはそんなものなのかもしれない。