2-2 人外の自覚

 

 

 

 

 

モンスターの襲撃によって色々あったが、今後の対応などの連絡を行う為に学校は休みでない。

そういう連絡網を受けた為、優里は学校へ向かう通学路を歩いていた。

だが、優里は気が気でなかった。はっきり言って落ち着かない。というか、今の自分の格好を考えれば落ち着くわけがない。

それは別に、制服が奇抜なものだとか、変な鞄を持っているというわけではない。その真紅の髪と緋色の瞳は服装以上に人の目を引き付けるからだ。

この世界に生きる者なら誰でも知っている魔王の証。優里が魔王であるという証拠。

だが、行きかう人々は、そんな事など眼中にないかのように優里とすれ違っていく。おかしな所など一つも見当たらない様子で歩いていく。

(ホンマにわからへんねんなぁ。さすが使い魔、便利な魔法知っとる)

まだ若干緊張しながらも、優里は少し前の会話を思い出す。

 

 

***

 

 

「は? 学校?」

思わず優里は呟いた。

「ええ。優里さんは学生なんですから、学校に行くのは普通の事だと思いますが」

「な、何言うとんねん。こんな格好で外歩けるわけないやろ」

「まぁ確かに、その髪も眼も相当目立ちますね」

「へ? 眼?」

優里が疑問を返すと、ジオキルは静かに何処からか取り出した手鏡を差し出した。覗いてみると、確かに瞳の色が緋色に染まっていた。

「うわホンマや。ってか、眉毛とかも赤やねんな」

「体毛は全てその色になりますから」

「はっ、まさか小腸の柔毛も!?」

「あれは毛ではありませんよ」

「そういえばそうやな」

ちなみに柔毛は元々内臓的なピンク色である。

「ともかく、こんな格好で外でたら一発やんなぁ」

「赤い髪=魔王、とまではいかないでしょうが、目を見られたらさすがに言い訳できませんしね」

「ちなみに、元の黒に戻す方法ってある?」

「あるにはありますが、やめておいた方がいいですよ」

ジオキルは神妙な面持ちで、

「失敗したら円形脱毛症気味のアフロになって、常に白目むいたような状態になりますので」

「うん、やめとくわ」

いかに不幸慣れしている優里とはいえ、そこまで体を張った賭けには出たくない。爆笑どころかドン引きの容姿だ。

「けど、見た目で一発でバレるんやったら魔王って外出られへんやん。出るたび大騒ぎやろ?」

「そこは魔法で解決できるんですよ。優里さん、後ろを向いていただけますか?」

うん? と頭に疑問符を浮かべながら、優里はイスに座ったままジオキルに背を向ける。

するとジオキルは、

「失礼します」

と言って、優里の髪の毛の一本を抜いた。

プツッという音。小さな痛みが優里に走る。

「ちょ、何やっとんの!?」

「すいません、体質把握に必要なんです。個人に合った魔力にしないと健康に影響してしまいますので。では、『ハルク』」

ジオキルが小さく呟くと、彼の掌から溢れだした光が液体のように優里の髪の上を流れた。シャワーの湯が髪をぬらす様に、光が優里の髪に浸透していく。

数秒して髪全体を覆い尽くすと、光は溶けるように消えて行った。

「終わりました。お疲れ様です」

「へ?」

思わずそんな声が漏れた。

なんせ、優里がつまんでみたその髪は、相変わらず鮮やかな真紅だからだ。

「変わってへんやん」

「それはそうですよ。黒くしようとして失敗した場合、アフロになってしまうんですから」

「? じゃあ何したん?」

優里が訊ねると、ジオキルは再び手鏡を差し出した。覗いてみると、

「え、な、何で?」

腰まである癖毛で跳ね気味の黒髪に、勝ち気そうな黒い瞳。鏡越しに見たその姿は、まさしく魔王になる以前の優里だった。

改めて髪を直接見てみても、やはり髪の色は紅のままだ。おそらく瞳も赤のままだろう。

「この魔法は認識をずらし、人間の視覚を騙す働きをもっています。他の人には優里さんの『赤』は『黒』として見えるよう、錯覚させるのです」

ジオキルは諭すように人差し指を立てて、

「優里さんの場合はもう髪の色が赤いと認識してしまっているので赤に見えますが、鏡というものを通す事で認識が薄れ、黒く見えるというわけですね」

「ふんふん。けどそれって、他の人が鏡越しに見たらアウトちゃうん?」

「いいえ。そもそも『優里さんの髪が赤い』という認識が頭にありませんから、問題ありませんよ」

そっかそっかと頷くと、優里は少し安堵のため息をこぼした。

ようは自分が赤い髪と赤い瞳をしているという事を悟らせなければいいのだ。

元々そんな事はする気もなかったし、結局見た目に関しては今までと変わりないと思ってもいいだろう。

「ただし」

――と思った矢先、ジオキルのそんな言葉。

「あくまで騙せるのは人間の視覚だけです。機械は騙せません」

「へ? という事は?」

「映像や写真には、普通に紅い髪の赤い瞳で映ります」

「つまり?」

「防犯カメラや写真に写り込んだりしないよう頑張ってください」

「無茶やろ!」

優里は叫んだが、ジオキルはあくまで笑顔でスルー。

「おや、もうこんな時間ですね。食事も終わられたことですし、そろそろ登校なさってはどうですか?」

「待てや問題解決してへんで! なあ! ちょ、ウチの背中押しとらんで聞けやアンタ!!」

 

 

***

 

 

(この現代社会で写真はともかく防犯カメラに映ったらあかんて、無理にきまっとるやん……)

会話を思い出して軽くへこむ優里。グチグチ言ってもしょうがないのはわかるが、やはり愚痴の一つも言わないと気が済まない。

改めてチラリと周りをうかがってみる。やはりすれ違う人々は、優里が魔王であるなんて露ほども思っていないようだった。

が、優里としては先程のジオキルの発言以降、人の視線より防犯カメラの有無の方が気になってしょうがなかった。どうしてもキョロキョロしてしまう。

容姿に問題はなくとも、行動で注目を集めてしまっている優里だった。

そんな時、

「よっしゃああぁぁぁああ! 今週で二回目の朝の遭遇! これってもう運命だよねゆーちゃん!!」

背後からそんな声が。背筋に悪寒が走る。

周りの事を気にしていた優里は、反射的に振り向いた。振り向いてしまった。

「うおお! ゆーちゃんが一回目で反応してくれた! これってつまりゆーちゃんのデレ期の始まり?」

「いやデレ期とかないし」

「もー照れ隠しとかいらないのにー」

「照れ隠しなんてアンタに対して一回もやった覚えないけどな」

「え……。じゃあゆーちゃん、いつも素の自分をオレにさらけ出してくれてたってこと!?」

「遠慮なくシバいとるという点ではな」

頼んでもいないのにボケっぱなしの流にツッコミを入れる優里。

表面上はいつも通りだが、内心はかなり気が気でない。それは別に流に気があるとかではなく、知り合いに自分が魔王であると気付かれていないか、という理由からである。

特に流はあの場にいたのだ。優里が魔王となり、大鎌でモンスターを倒したあの時に。

「しっかしゆーちゃん、昨日アレからどこ行ってたの? なんかすんごい光ったと思ったら、気が付いたらモンスターいなくなってるし、ゆーちゃんもいないし」

「あ、ああ、アレな」

流がいつもと変わらないようなので少し安心したが、すぐさま顔が引きつったのがわかった。

まずい。魔王であるかがバレないことばかり気にしていて、そちらの方の言い訳をまったく考えていなかった。

「え、えーとやな」

「うん」

必死で言い訳を考える優里。流は優里の顔をじっと見ながら頷く。

「そっ、そう! アレやアレアレ! なんか光とともにいきなり銀髪ロン毛で三つ目がある兄ちゃんが出てきて、その人があっという間にモンスター倒して、『危機は去りました。怖かったでしょう、家まで送りますよ』的な事言って家まで送ってくれてん! そんなこんなでモンスターは消えてウチもいなかった!!」

即興で作り上げた言い訳だったので、かなり苦しい上に妙に具体的な登場人物が現れてしまった。

が、

「ぬぅあにぃぃぃいいい!? そ、その野郎、俺の役目を奪いやがって!」

超絶天然馬鹿の流は信じたようだ。そのままあらぬ方向へヒートアップしている。

不自然な汗をだらだらとかいている優里は、嘘をついた事の罪悪感と流の異様な盛り上がりでなんだか彼を直視できない。

「じゃ、じゃあ、ゆーちゃんは、そいつにおお、お姫様だっこされて家まで連れて行かれたわけ!?」

「へ? あ、うん、まぁ、そ、そーやな」

「まま、まさか、その後『お礼は私のカラダで』的な展開とか、な、なっ、なってないよね!?」

「なるかアホ!!」

一八禁方面へ話が暴走する流に優里は顔を赤くすると、いつものノリで彼の横腹を蹴った。そう、いつものノリで。

だが、

 

ドゴンッ!! と凄まじい音がして、流の体が一〇メートルほどノーバウンドで吹っ飛んだ。

 

「は?」

蹴りを放った優里の口から間の抜けた声が漏れた。

ほとんど反射的行為だったため、優里は全力で蹴っていない。いや、全力で蹴ったとしても、大柄な流があんなにぶっ飛ぶわけがない。せいぜいその場になぎ倒すのが関の山だ。

しかし、現に流は宙を舞っていた。きれいな放物線を描き、地面に激突。二、三度バウンドしてコンクリート塀にぶつかり、ようやく止まった。

「ちょ……大丈夫かアンタ!!」

自分で蹴っておいてなんだが、さすがにアレはヤバい。優里はすぐさま流の元へと走り寄った。

「へ……。ゆーちゃんの、今日の愛情表現は過激だぜ……」

「愛情表現ちゃうし。ってちゃう! 大丈夫かホンマに!? なんか燃え尽きたみたいな表情になってんで!」

「ゆ、ゆーちゃんが、オレの事心配してくれてる? う、うおおおぉぉぉぉぉおおりゃああああ!!」

優里が言葉をかけると、流はいきなり雄叫びをあげた。思わず後ずさりする優里。

かなり引いている優里は視界に入っていないのか、流は異常なまでに瞳を輝かせ、力強く立ち上がった。

「ゆーちゃんに心配してもらっただけでもうへっちゃらさ! てゆうか元々そんなダメージなかったし!」

「あ、そうなん?」

「照れ隠しと言う名の愛情表現に、オレはいつもゆーちゃんの愛を感じているんだ!」

「照れ隠しとちゃう言うてるやろドM。あとどさくさまぎれにウチの手ぇ握んな」

わりとぴんぴんしている流の手を離させると、優里は鞄を拾い上げた。復活した流は放置して、学校の方へと足を向ける。

流の視界に入らないように顔を背けると、優里は顔をしかめた。

理由はもちろん、先程の蹴り。

優里は忘れていた。自分が魔王であるという事を。自分が人外の存在になってしまった事を。

相手が異様に頑丈な流だったからまだよかった。

しかし、これが奏だったら? 守だったら? 風道だったら?

きっと無事では済まない。今の蹴りで無傷で済む流が異常なのであって、人間を一〇メートル以上吹き飛ばせる蹴りに耐えられるようになど、人間の体は出来ていないのだから。

力の使い方に気をつけなければならない。周りに被害を及ぼさぬように。自分が普通でないと悟らせぬように。

こっそりと優里は溜め息を吐いた。

やはり日常へなど戻って来なかった方が良かったのか。今まで通りが今まで通りでなくなり、気を抜けば誰かを傷つけてしまうような自分。

そんな自分が、日常へなど戻ってきてもいいのか。

(はー……。なんちゅうネガティブ思考。ウチらしくないなぁ)

思わず笑ってしまうほど、優里には珍しいマイナス思考だった。

それも当然と言えば当然。不幸である事が当たり前の優里だが、魔王になるなんていう不幸には見舞われた事がないのだから。

だが、いつまでもウジウジしていても仕方がない。切り替えが早いのは優里の長所なのだ。マイナス思考を無理矢理切り捨て、学校へと歩を進める。

時間を確認したところ、現在八時を少し過ぎたところ。遅刻は避けられそうやなー、と優里が適当に考えていると、流が背後から駆け寄ってきた。どうやら一緒に登校する気らしい。

「それにしてもさぁ、ゆーちゃん。モンスター騒ぎで休みになると思ったら、授業は無いけど学校はありましたーなんて、結構面倒だと思わない?」

「そうやな。まぁ、モンスター関係を適当にされても困るし、しゃーないんちゃう?」

「でも安心してくれよ! ゆーちゃんは昨日みたいにオレが守る!」

「いらんいらん」

むしろウチが魔王なんやからアンタが気をつけろよ、と優里は心の中で呟く。

確かに流は異常なレベルで頑丈なようだが、だからと言って人間であることには変わりないのだから。

なんだかんだ流の心配をしている自分に苦笑しつつも、優里達は学校へと向かって歩き続ける。

そんな時。

「あ、そうだ。ところでゆーちゃん」

流はそう言うと、不思議そうに優里の顔を覗き込みながら問う。

 

「なんでゆーちゃんの髪と眼は紅いの?」

 

 

 

 

 

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