〈二〉高中の鮫と龍

 

 

 

 

 

『高中の鮫と龍』――それは知る人ぞ知る、俺と龍次の通り名だ。

もちろん自分達でそんな通り名をつけるとか、そういう痛い話ではない。そう呼ばれる理由となった事件は、今年の春。中学を卒業し、高校入学前の春休み初期。俺達はとある不良グループとケンカをし、そのグループを潰した。ケンカと言っても俺達からじゃない。突然因縁つけられたからだ。つまり正当防衛。責任の一切は向こうにある。

しかし幸か不幸か、そのチームはここらでも一番でかいグループだった。確か構成人数は一五〇人前後。そんな大きなグループを潰したとあって、俺達はその手の人達にとても有名になってしまったというわけだ。

幸い、俺と龍次がその不良グループとケンカしている姿を目撃した人は少なかったため、高校へはあまり詳しい情報はいっていないらしいが。

ちなみにその事件が起こるまでの俺達はいたって中学生。ケンカはもちろん、悪いことなんて何ひとつやっていない。だから自分で言うのも変な話だが、俺達はケンカが強いってこと以外は普通の高校生だ。

以上、『高中の鮫と龍』についての説明終了。

「樹、さっきから何固まってんだ?」

「とりあえず『高中の鮫と龍』の説明を……」

「はぁ?」

「いや、何でもない」

顔の前で手を横に振って否定。危うく変な奴だと思われるとこだった。そう、俺はいったて普通の高校生とさっき言ったばかりじゃないか。ちょっと人よりケンカが強くて茶髪なだけだ。

……ってか、俺はさっきから何を言ってるんだ? 誰に対して説明とかしてるんだろう。虚言癖?

「何で首を捻ってるか知らんが静かにしとけ。もうそろそろ俺らが自己紹介しなきゃなんねえんだから」

「じ、自己紹介?」

現在、入学式後のホームルーム。気まずい教室の空気の中、色々と考え事をしている内に、いつの間にか自己紹介の時間になっていた。

少し考えればクラスが決まって一番初めのホームルームなんだし当然の話だが、自分達の通り名が知られている事に気を取られて忘れていた。

つーかマズイ。何を隠そう、俺は自己紹介というものがかなり苦手。人前で話すのだってできるだけ避けたいのに。

しかし、苦手だからと言って避けられるものではないし、何よりイメージ悪いみたいだから、ここでどうにか挽回しておかないと。

前の席の人が自己紹介を終え、着席。つまりすぐ次は俺。

ちっ、あんまり考えてる時間がなかった。アドリブで切り抜けるしかないようだ。

「じゃあつぎ〜、鮫島くん!」

やるぞ!

「どうも。高山中学、略して高中から来ました鮫島 樹(さめじま いつき)です。趣味というか日課は空手と柔道の稽古で、特技は拳で瓦を割れること。あと、皆さん、俺とこの龍次の事を危ない奴だと思ってるかもしれませんが、そんなことないんで。ちょっと人よりケンカが強くて茶髪なだけの一般生徒ですから。これからよろしく」

一気に言って、席に着いた。

これだけ言えばいいだろ。即興にしてはなかなかの出来なはず。何故か後ろの席の龍次に肩を掴まれてるが。

「何?」

「お前アホか?」

アホ? 年中ボケ倒しのお前にだけは言われたくないよ。

「みんな引いてるって」

何? まさか、今の自己紹介のどこに引く要素が――ってみんな明らかに怯えの目でこっちを見ながらひそひそ喋ってる!

「アホ」

「アホね」

「な、何がいけなかったんだ?」

「お前の日課と特技は人に恐怖を与えるには十分な要素を含んでいたぞ。それに最後自爆したじゃん」

マ、マジで? 自己紹介っていったら、普通は趣味と特技だと思ったんだが……。そして危なくないアピールをしとかないといけないと思ったんだが……。

完全に裏目に出た。俺の馬鹿野郎……

「ま、樹に過度の期待をする方が筋違いってもんだ。俺がフォローしてやろう」

人をけなしながら、妙に自信ありげに椅子から立ち上がる龍次。

その顔が頼もしく見えるかどうかと聞かれたら、間違いなく否と答える。こいつがこういう顔をしている時は、大抵ろくでもない事を考えている時だ。しかも無意識に。

嫌な予感がものすごくする。頭の中で警鐘が鳴りっぱなし。頼むから、変な事だけは言わないでほしい。さっき失敗した俺が言うのもなんだけど。

「えー」

そして龍次の自己紹介が始まった。

三〇秒後。俺はほぼ無意識的に龍次の喉を手刀で突いた。

 

 

***

 

 

「あんた達、本当に馬鹿ね」

放課後。家の方向が途中まで一緒な俺、龍次、朱音の三人で下校している。周りには誰もいない。それは別に今の時間が遅いからとかではなく、露骨に避けられているからだ。

「あれは樹のせいだ。ジョークってことくらいわかれよ」

「うっさい黙れ! 誰だってあれだけ言われたら軽くキレるわ!」

愚か者を見るような目つきでこっちを見てくる龍次に俺は叫んだ。

龍次の奴、俺が一〇〇人斬りしただの戦闘民族だのサイボーグだのデタラメ言いやがって…………。

俺は一〇〇人斬りなんてしてない! 九八人ブッ倒しただけだ!(注 十分危険です)

「くそう……。あまりのストレスに暴走しちまった……」

「みんなかなり怯えてたわね」

そう、今でもみんなの顔は覚えている。なんかもう笑うしかないみたいな顔してたな。

いや、俺もいつもはあんなに短気じゃない。相手が龍次だったから、つい遠慮なしにボコってしまったんだ。ついでに言えば、龍次の暴走を素早く止めたかったのもある。

「ちなみに龍次、あんたもかなり引かれてたわよ。あれだけボコボコにされて、数秒でピンピンしてるんだもの」

「そんなぁ。打たれ強さをアピールしたつもりだったのに。たくましさっていうの?」

「あれは人間の打たれ強さのレベルを越えて、ゴキブリ的だったぞ」

「ゴキブリって……そこまで言う?」

間違いなく言う。潰しても潰しても消えないあのしつこさ。さっきのお前にはピッタリだ。

「しかし、どうする樹? 俺達こっから挽回しないと、悲惨な高校生活を送るはめになるぞ」

「そうだな。それは絶対避けたいけど、問題はどうやって挽回するかだが……」

「それについては、俺にいい案がある」

人差し指を立てて自信ありげに言う龍次。

うん、まったく信用できそうにない。さっき似たような顔見て悲惨な事になったし。

「樹が校庭で近所のちびっ子達と戯れときゃいいんだ」

「全く意味がわからない」

「そこはほら、あれだよ。一見怖そうなそっち系の人でも、子猫を愛でている姿を見れば怖さ半減、みたいな」

「そうかもしれないが、無理」

どんだけ恥ずかしいんだよそれ。さらに引かれるわ。

「羞恥心を捨ててこそ道が開ける!」

「その後の生活に困るんだよ」

入学一日目の奴がちびっ子達を校庭に連れ込む事も無茶だし、それ以前にちびっ子達を集めるツールがないよ。

と、そんな事を話しているうちに二人との別れ道に到着。

「じゃあ、今日はこの辺で」

「明日はヘマするんじゃないわよ」

朱音はあくまでクールに、

「まぁ辛かったらいつでも俺に相談しな!」

龍次はやはり歯を光らせてそれぞれの別れの挨拶。あの野郎……誰のせいで辛い目にあってると思ってんだ。

とにかく二人と別れて、俺は自宅へと向かった。

明日からはうまくやらないとな。最悪な高校生活だけは送りたくないし。

 

 

 

 

 

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