〈三〉天真爛漫天然美少女

 

 

 

 

 

「なぁ」

「何」

「やっぱダメだったな」

「ああ……」

ホント、こんな返事しかできないって……。それほどまでに、俺達の気持ちは沈んでいた。

やはり昨日のイメージが悪過ぎた。なんせ男子に声を掛けると引きつった笑顔で返してくるし(道訊こうとしただけなのに)、かと言って女子に声を掛けると目が怯えてるし(落ちた消しゴム取ってもらおうとしただけなのに)。

さすがにへこんだ。ここまで避けられるとは……龍次も同じような状態だ。

そして今(放課後)、俺達はそんな現状を屋上で嘆いている。

「やっぱ世間の荒波って厳しいんだな」

使いどころを間違ってる気もするが、今はそんなことにツッコむ元気もない。

「樹、やっぱ社会では第一印象は大事なんだよ。お前のやった事は失敗だったけど、ある意味いい教訓になったな」

同情するような声で人の方に手を置いてくる龍次。

こいつは誰のせいで俺の第一印象が最悪になったと思っているんだ。お前の脳内は反省と責任転嫁が同意義なのか?

「ま、どうせいつかはバレたんだから、しょうがないんじゃない?」

朱音が屋上の金網にもたれながら言う。

お前だけだよ、こうして普通に接してくれるのは。幼馴染っていいよなぁ。やべっ、感動してきた。

「さて、こうして無意味な時間を過ごすのも何だし、さっさと帰るわよ」

俺の感動を一瞬で消すようなことを言うな! 無意味とか言うな!

心の中で絶叫する俺に朱音は気付づくこともなく(気付こうとするそぶりすらなく)、ドアに向かう。

が、

「おっと朱音。そのドアは俺が開ける」

先に、龍次が朱音の前へと割り込んだ。

「何でよ」

「よくあるだろ? ドアを開けたら慌てんぼうのカワイイ女の子と衝突し、新しい出会いが生まれるって」

無駄に真剣な面持ちと口調で、龍次はものすごくアホみたいな事を口走っていた。

……何言ってんだこいつは。マンガの読み過ぎだろ。高校生活初っ端のショックのあまりどうかしたのか?

「よくあるわけないだろ。びっくりするくらい可能性低いって」

「わかってないな、樹。出会いっていうのはな、こっちから積極的にいかなくちゃやってこないんだ」

「言ってる事は大層だが、行動が馬鹿すぎる」

それにそれは積極的以前に、運の問題だろ。

しかし龍次は俺のツッコミにやれやれと肩をすくめるばかり。この話題において、こいつとは平行線のようだ。まぁ俺も龍次のそんな考えを理解したくもないから別にいいんだけど。

新たな出会いを求め、龍次がドアノブに手を掛ける。

その時、

 

バンッ

 

「がうっ!!」

ドアノブを回す前に突然開いたドアが、龍次の顔面を殴打した。龍次悶絶。お前、入学二日目にして二回目の悶絶とは早いな。何その残念なポジション。

そんな龍次から視線を外し、開いたドアの先を見ると、一人の女の子がいた。ショートカットの黒い髪。ぱっちりとした瞳。かなりかわいい子だ。

その子は何故かどんどん俺の方に近付いてきた。そして俺の前で止まる。どうやら龍次には気付いていないみたいだ。確かに現れたのはかわいい女の子だったが、残念ながら出会いにはならなかったらしい。龍次、ドンマイ。

って、その前にこの子は俺に何用?

「鮫島樹くんですか? 一年D組の」

「そうだけど」

金網の前で座っている俺の前で膝に手をついて中腰になり、じっと俺の顔を見る。

なんだ? えらく俺の顔見つめて。何か付いてる?

「こんな所にいたんですかー。探しましたよー」

言って、いきなりニッコリと笑った。な、何なんだ?

「あ、わたしは一年C組の白井揚羽(しらい あげは)っていいます。よろしく!」

思い出したように、女の子は自己紹介を始めた。

「あ、うん。よろしく。で、俺に何の用?」

「実はですね、鮫島くんがなんで有名なのか訊きに来ました!」

……………………はい?

「クラスの人が『高中の鮫と龍』って人の話をよくしてるんですけど、イマイチ内容がよくわからないんです。で、訊いてみたら、D組にいる鮫島くんと沢木くんのことだって教えてくれたんですけど、それ以上は教えてくれなかったんです。こんな風に難しい顔して」

白井はそう言うと、腕を組んで考え込むように眉根を寄せた。

あー……。たぶんその人は、変な噂を広めたら自分が狙われるとか、そんな事を思ったんだろうな。実際そんな事するつもりは毛ほどもないけど。これ以上、変な噂が広まるのは俺としても嫌な所だし。

「それで?」

「だからいっそ、直接本人に訊きに来たんです! というわけで、鮫島くん。どうして有名なんですか?」

笑顔で言って、疑問の表情に戻して小首を傾げて訊ねる白井。

えっと………………つまり俺に自分でみんなに避けられてる理由を言えと?

「それって……俺が言わなきゃダメ?」

「え? 言えない理由とかあるんですか?」

う、そう言われると言うしかないみたいじゃないか……

ちらりと朱音に視線を向けてみるが、我関せずといった様子でドアにやられて地に伏す龍次を眺めていた。

「早く言いなさい」

そのくせ、こっちも見ずに命令口調でこっそり促してくるな! そして白井もそんな期待した目で俺を見るな! お前、何故そんな純真無垢な目で俺を見る!?

「何というか、俺の口から言うのは言いにくいというか、はばかられるというか」

「そうですか……」

そっ、そんなサンタの正体を知った子どものような顔をするな。俺の良心にグサグサ刺さってくる。

ずーん、という音声がつきそうなほど沈んだ表情の白井。くっ、何という心理攻撃。

「〜〜〜だー、もう! わかった、話すからその顔やめろ!」

半ばヤケクソ気味に言ったが、白井はまったく気にしていない。「ありがとうございます!」と笑顔で言って、期待の眼差しをこちらに向けてくる。

あー、ちくしょう。なんだって俺はこんな事になってるんだろう。

「簡単に言うと、俺とそこで死んでいる龍次(注 死んでません)はここらで一番大きな不良グループを潰したんだ。二人でな。だから有名なんだよ」

非常に簡単に説明。よく考えれば、そんな難しい説明がいるようなことでもないよな、これ。

で、白井はというと、『なるほど!』とでも言うように手のひらをポンと叩いていた。

非常に古典的でわかりやすい行動だが……何故そのリアクション?

「なるほど、だから有名なんですね!」

「え? いや、まぁ、確かにそういうわけだが……。何、その反応?」

不思議そうに首を横へ傾ける白井。よくわかってないらしい。

「だからさ。二人で一五〇人の不良グループを潰したんだぞ? 普通はもっとこう、俺達の事を怖がったりしないか?」

「そうですか? でも、不良って悪い人たちのことですよね? ならわたしは、鮫島くんたちのこと、すごいと思いますよ」

す、すごい? そんな事言われたことないんだが。

「周りのみんなはそうは思ってないけど」

「それはきっと、まだ鮫島くんたちのことをよく知らないからですよー。あ、わたしもまだあんまり知りませんけど」

「は、はぁ」

何なんだろうか、この子は。マイペースという何というか、今までいなかったタイプだ。

まぁ、俺達を怖がらないというなら、それは歓迎すべきことだけど。

「じゃあ、教えてくれてありがとうございました! 鮫島くん、また明日!」

聞きたい事を聞き終えると、白井は踵を返して屋上から去って行った。ものすごいマイペースっぷり。あっという間に過ぎ去ってしまった。

つーか「また明日」って……んん?

 

 

 

 

 

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