〈五〉クラブ見学会〜空手部〜
入学してはや一週間。
依然、クラスにはまったく溶け込めていない。まぁ当然っちゃあ当然なんだけどな。みんな話し掛けてこないし、話し掛けても怯えるし。
この学校でまともに話せる奴と言えば、
「そういえば、みんなはクラブどうするんですか?」
新入生美少女ランキング第一位と噂されている天然ボケの揚羽、
「俺は当然空手部だ! 目指すは全国!」
何故か会う度に飛び蹴りをかましてくる女大好き空手野郎のタカ、
「私はもうブラスバンドに入ってるから」
俺達と今まで通り接しながらもクラスから浮く事のない世渡り上手な朱音、
「樹は決めたか?」
俺と全く同じ境遇にあるにも関わらず全く堪えた様子のない龍次だけだな。
「俺は…………何にしよ?」
現在放課後。授業にも慣れ始め、新入生としてはそろそろ部活が気になってくる時期だ。
朱音のようにさっさと部活に入る奴もいるが、俺は一応一通り目を通してから行こうと思う。
「お前も空手に入れよ!」
「ふざけんな誰が入るか」
お前と一緒のクラブ入ったら、常に身の危険にさらされる。それはしっかりと中学で学んだ。
しかし空手でないとすれば、何にしようか。なんか入った方が学校にも馴染みやすいだろうし…………。
「ちなみに龍次と揚羽はどうする気だ?」
「考え中です」
「俺はボクシング部。一回専門的にやりたかったんだよなー」
確かにコイツはボクシングとかプロレスとか、そういう系の格闘技が好きで得意だ。中学の空手も、体作りみたいなもんだってさんざん言ってたし。
そういう事なら俺は柔道部にでも入ろうか。でもアレは母さんにさんざん特訓してもらったしなぁ。
「とにかく、一回見学するとしよう」
「わたしも見学します! それで決めます!」
揚羽が元気良く挙手。
「白井さんが行くって言うなら、俺だって!」
「俺も。今日、ボクシング部休みだから見に行けないし」
「私は遠慮しとくわ。部活あるし」
更に朱音以外の二人が参加。男子三人に対して女子一人。
この比率は少し揚羽が可哀想な気がするけど……
「じゃあ、行きましょう!」
本人はそうでもなさそうだった。
***
この学校には、現在三〇の部活が存在するらしい。地方大会で好成績、全国出場している部活もいくつかあるとか。
まぁその辺の成績関係はとりあえず置いておくとして、まずどこから見て回ろうか。とりあえず個人的に文化部はパス。ああゆう系は苦手だし、向いているとも思えない。第一、ウチの親たちが許すとも思えない。
ということではじめに来たのは、
「空手部活動場所、柔道場って…………鮫島、お前って奴はっ……!」
「勘違いするなよ、タカ。俺は空手部に入る気はなく、蛍先輩に話を聞きに来ただけだから」
空手部に入る気だと勘違いしたタカが、嫌にキラキラした目でこっちを見てくる。
非常に気持ち悪い。男に、それもお前にそんな目をされたって、それ以外に何も感じようがない。
「そういえば蛍先輩も桐野だっけか」
「それも三年生。せっかく最高学年の先輩がいるんなら、その人にいろいろ聞くのが一番だろ?」
道場の、『空手部活動中』という紙の貼られた扉を開ける。
ガララッ
扉の向こうでは、ざっと三〇人くらいの先輩方が、真剣そのものといった表情で型の練習をしていた。そのうち三割くらいが女子。
ふむ。こうして見る限り、なかなかレベルは高いようだ。蛍先輩がいるんならそれも納得がいくというもの。あの人教えるの上手いし。で、その蛍先輩は……。
「あら、樹君に龍次君に鷹志じゃない。どうしたの?」
ってすぐ隣にいたよ。
「こんにちは蛍先輩。ちょっと見学に来ました。入っていいですか?」
扉のすぐ脇に立っていた先輩へと頭を下げる。何故か後ろで誰かが「ひっ!?」とか言ってるのが聞こえたような気がするが、多分気のせいだろう。
「もちろんオッケーよ。ついでにそのまま空手部に入部してくれてもいいんだけど」
「残念ながら、タカがいるのでそれはないと思ってください」
命の危険を感じるからね。常に飛び蹴りがとんでくるんじゃ、練習なんてできやしない。
そんな俺の言葉に蛍先輩は「あら残念」と、わずかに苦笑。対応が大人だよな、この人。
ん?
「なんだ揚羽?」
ぐいぐい俺の袖を引っ張って。
「この人は誰ですか?」
「ああ、悪い。この人は――」
「初めまして。私は三年の九条蛍(くじょう けい)。そこの鷹志の姉で、空手部の部長をやらせてもらってるわ。あなたは?」
俺の言葉を遮って自己紹介。この前のタカもそうだったが、やっぱり姉弟だな。
蛍先輩は空手三段でもの強く、中学の頃も空手部の部長をやっていた。そんな出来た姉に頭の上がらないタカはいつもパシリをさせられている。が、俺達にはとても優しい、よき先輩だ。
ちなみに大人っぽくて美人。故に言いよって来る男も多いらしい。タカから聞いた話だが。
「白井揚羽です!」
「白井さんね。どう、うちの空手部?」
「そうですねー。なんかこう、ハリがある感じがします」
空手部の先輩方が型をこなすのを眺めながら、揚羽は言った。
揚羽の言うとおり、確かにハリ、というより緊張感のある雰囲気の部活だ。一人一人が真剣だし、結構強いとは思う。こういう部活なら知ってる先輩もいる事だし入ろうかとも思えるんだが、いかんせんタカの飛び蹴りが邪魔だ。
アレさえなんとかなれば、タカの面倒くささも激減するんだけどなぁ。
「っと、そうだ。蛍先輩、この学校に空手部以外の武道系の部活って何がありますか?」
うっかり忘れていた本日ここへ来た最大の目的を聞いてみる。
実を言うと、俺はこの学校にどんな部があるかほとんど知らない。
……いや、事前調査不足だとか、そういうツッコミはやめてほしい。なんせパンフレットにも乗ってなかったんだ。人に聞いた話で空手部とブラスバンド部があるという事を知ったぐらいで、他の部活は聞いた事もない。
そして何故武道系の部活に限定したかというと、それ以外の部活動は親が認めてくれないからだ。理由はウチの家系にある。親父は空手道場の師範代、母さんが元柔道日本代表。爺さんにいたっては、戦争時の武術訓練の指南を行っていた日本屈指の柔術家。
そんな武道家まみれなおっかない家族構成の俺の家。おかげで小さい頃から特訓させられ、故にあの異名。
で、そんな親父と爺さんが、技が錆びるとかいってそういう武道系の部活以外は認めてくれないのだ。
空手を除くとなれば、柔道、合気道、日本拳法、少林寺拳法ってところか。いくつあるかはわからないが、三〇も部活があるんならそれなりに期待は出来そうだが。
これを気に武器使用、ってのもありと言えばありだが、俺としては素手の方がやっぱり好きだ。
「ないわ」
で、肝心の蛍先輩の口から出たのはそんな言葉。
「へー。ないんですか」
「そうなのよねえ」
「空手部しかないって、結構珍しいですね」
「そうね。何故だかウチは、剣道部や弓道部もないの。だから柔道場は私達が独占で使用できるわ」
「そうですかー」
「そうなのよー」
…………って、
「本当ですか!?」
「嘘偽りのない真実よ。樹君、ノリツッコミもできたのね」
「ええまぁそれこそノリで出来る時と出来ない時がありますけど……って違う!」
ノリツッコミなんてどうでもいいよ!
まさか、それじゃあ俺には空手部しかないのか!?
「そういうことだ。諦めろ樹」
「同情したような顔をやめろ!」
肩に手を置くな! タカもだよ! 龍次の後ろで密かにガッツポーズするんじゃない!
「すいません。俺、帰宅部にしておきます。空手部じゃタカに狙われますから」
状況に流される前に、俺は先に宣言しておくことにした。
ボクシング部へ行ってしまう龍次がいないんじゃあ、あの飛び蹴りからの盾もいなくなってしまうわけだし。
「ちょ、鮫島入れよ! 俺、もう飛び蹴りやめるから!!」
俺の入部拒否宣言に動揺したように、タカがつっかかってくる。
ほう、よく今頃そんな事が言えるなぁ。俺がさんざん言っても、二分もすれば忘れていたくせに。あの時はお前がニワトリに思えたよ。
「本当に止めるのか?」
「おう、本当だ! 多分」
……ダメだ、信用ならん。一度の練習中に三回はやってきそうだ。
「まぁ、本人が入りたくないっていうなら、無理矢理入れても仕方ないわ」
少しだけ残念そうに、けれど明るく蛍先輩は言う。やっぱり蛍先輩は話のわかる人だ。もしこの人にまで頼まれていたら、正直断るのは心苦しかった。
しかし、結局帰宅部かぁ。少しばかり残念だがしょうがない。
切り替えて次は揚羽の部活探しだ。こいつ、どんな部に入るつもりなんだろう。