〈七〉クラブ見学会〜料理研究部〜
結局、どう考えても危険なのであやとり部は諦めた。あの人達そのまま放置してきちゃったけど、たぶん大丈夫だろう。
それにしてもあの不良達、ちゃんとあやとりが上手い人もいたみたいだったな。もしかしたら昔は本当にあやとり部だったのかもしれない。それがいつの間にか不良の溜まり場になっちゃったみたいだが。
まぁあの人達がどうして不良になったとか、そんな事を想像してみても仕方ないので、切り替えて次の事を考えよう。
「さて、次はどこへ行く?」
「ここがちょっと気になります」
え? ここ? いつの間に部室の前に……。
場所は調理室。さっきと同じく、『料理研究部活動中』の貼り紙が扉に貼ってある。確かに腹が空くようないい匂いがするし、中から何かしらの声が聞こえる。
さっきみたいに不良の溜まり場って事はなさそうだ。つーかさっきのがイレギュラーであって、不良の溜まり場が二つも三つもあってたまるか。
「「失礼しまーす!」」
……そんな事を思考している間に、また置いて行かれてしまった。今度は龍次まで揚羽とハモっている。
仲良いねお前ら。置いて行かれる俺としてはとても寂しいけど。
しかしいつまでも部屋の前で立っているわけにもいかない。スライド式の扉を開ける。
「失礼します」
ガララッ
…………………………。
えー…………何というか、この光景をメルヘン風に言うなら、
『扉の向こうは、調理場という名の熱い戦場でした』
って感じか。
……ゴメン、全然メルヘンじゃなかった。
「そこはもっと強火で! 情熱のように熱い炎で焼くんだ! 中華は炎の料理だぞ!!」
「はい!!」
熱気が、熱気がすごい。二人しかいないのに、部屋中が恐ろしく熱い雰囲気に満ちている。何この空気。ここは本当に高校の調理室か?
龍次や揚羽まで固まってるし。否、すごく熱心な目付きで見てる。握り拳なんか作ってるしな。
ちなみに料理している本人達はこっちに気が付いている様子は無い。集中し過ぎですよみなさん。目が血走ってます。
「そうだ! そしてそこで手早く盛り付ける!!」
「できました先輩!!」
「よぉぉぉぉし!! よくやった後輩!!!」
あ、完成した。いい匂いが漂ってくる。
「おお! 君達! ちょうどいいところに! 是非試食してくれ!」
さっきからやたらと口調の強い人がようやく俺達に気付いた。この人、常に語尾に『!』が付いてそうなくらい力が入ってるな。料理研究部なのに、どう見ても体育会系。
「ここに座りたまえ!」
「え?」
「いいからいいから! さあさあさあさあ!!」
半ば強引に用意されたテーブルにつく(つかされる)。
出来たての炒飯が俺達三人の目の前に並べられた。そういえばさっき中華がどうのとか言ってたな。
……すげえ。めちゃくちゃ旨そう。漂ってくる匂いがすでに普通の店のものより食欲をそそる。普通に金取って売れるぞ。まぁあの姿見てからなら、食べる前に逃げそうなもんだが。
で、気付いたんだが…………龍次と揚羽、凝視し過ぎ。特に揚羽、よだれ垂れてる。女の子なんだからそういう所は気を付けなさい。
「さぁ食べたまえ! さあ、さあさあさあ!!」
「先輩、顔が近いです」
「む、失礼!」
そして怖いです先輩。もはや脅迫でもしてるようにしか見えませんから。
しかし、作ってる最中の姿はともかく、料理自体はすごく旨そうだ。せっかく出してもらったことだし、冷める前にいただくとしますか。
じゃ、
「「「いただきます!!」」」
小学生の時の給食のように、手を合わせてはもる俺達。
さて、食べますか。
「………………」
…………う……うま過ぎ。何これ? 本当に炒飯? 絶対違う。こんなの食ったことがない。
「ものすごく美味いんですけど。これ、何か特別なものとか使いました?」
「馬鹿者! そんなモノ使っているわけがないだろう! 味が違うと思うのは、俺達の情熱が詰まっているからだ!!」
じょ、情熱でここまで味が変わるのか。情熱パワー恐るべし。
つーか、そういえばさっきからいつもはうるさい揚羽と龍次が静か…………。
「お、おーいおふたりさん?」
龍次と揚羽はレンゲを持ったまま固まっていた。
どうした? あまりの美味さに気絶? そんな漫画みたいな事があるんだろうか。
「こ、この味は!」
レンゲを持った手を震わせて、龍次は言う。
「強い火力で一気に火を通したせいでどの米もパラッと焼き上がり、少しもベタベタしていない! しかも具の大きさ、火の通りぐあいが全て均等だから、全くムラなく上手に出来ている! さらに――(中略)――がまた食欲をそそっている! ここまで素晴らしく完成された炒飯は初めてだ!!」
えっと、龍次……だよな? お前そんなにすごい舌だったのか? つーか何だその料理知識は。今、お前のその解説に軽く五分以上かかったんですけど。
いかに美味いとはいえ、炒飯ひとつにあそこまで長い解説ができる料理知識。専門家だってそこまで語れるもんなのか?
ちなみにだが、龍次の説明に情熱という単語は一度も入っていなかった。やっぱり情熱で味はそう左右されないらしい。
「わかりました! 隠し味は塩ですね!?」
「揚羽、無理に乗らなくていいから」
それに塩は普通入ってると思うぞ。それから頬にお弁当が付いてる。ちゃんときれいに食べなさい。
「フッ、残念ながら隠し味は塩ではない!」
そりゃあね。誰だってわかりますよ。
しかしこの人、『隠し味は情熱だ!』とか言いそうだな。
「この炒飯の隠し味は俺達の情熱と!」
予想通り……ってまだあるの?
「パッションだ!!」
「結局は情熱か!!」
…………俺のツッコミはシカトか!
そこの二名! 納得した顔で頷いてんじゃねぇ! そこツッコミどころ!
くそう、ボケに対してツッコミが少なすぎる。誰かひとりくらい、今の反応がおかしいってわかってくれよ。
「で、そういえば君らはどうしてここにいるんだ?」
今頃ですか。とっくに気付いてるもんだと思ってたけど。
そういえば話の音量が普通になってるな。さっきの『!』が付いていそうな話し方は料理中のみなんだろうか。まぁいつもあのテンションだとこっちも疲れるけど。
「見学です」
「へー、なるほど。で、どうだ? 入る気になったか?」
「いや、ちょっと……」
俺はなりませんね。さっきの調理中の姿を見たら、いつか自分がああなってしまうのは嫌だ。
熱血が悪いとは言わないけどさ。さすがに熱すぎる。あんなキャラになったら、たぶんまた避けられる要素が増えそうだし。
「んー、わたしももうちょっと検討します」
少し考えて、やっぱり申し訳なさそうに言う揚羽。
個人的に言わせてもらうと、俺も揚羽にこの部をあまり薦めたくはない。だって天然の揚羽にはどう考えても似合わない。今の自分を変えたいと思うのならば止めはしないが。
「そうか。まぁじっくり考えればいいと思うぞ」
「はい!」
美味しい炒飯をごちそうになって、俺達は料理研究部を後にした。
さて、次は何部かな?