〈八〉クラブ見学会〜ブラスバンド部〜
そろそろ下校時刻も近付き、揚羽が見たい部活もなくなってきた。
あの料理研究部の後もいくつか部活を巡ったけど、揚羽のお気に召す部はこれといって見つからなかった。
つーか色々周って気付いたんだが、明らかにこの学校の一部の文化部は何かがおかしい。
軽音楽部はメンバー全員がヤバいぐらい頭振って演奏してるし、囲碁部はオセロやってたし、漫画研究部は『このペン先が美しい……!』とか言って見慣れないペンを鑑賞してたし。
何だったんだろう、あの複数のおかしい部活は。
あれが一種の音楽形態だとしても頭振り過ぎてまともに歌えてなかったし、オセロで『ずっと俺のターン!』とか言ってる人いたし、インクを精製してる人もいたな。理解不能。とりあえず漫研はマンガを研究するんじゃなくマンガで扱う道具を愛でる会という事だけはわかったけど。
そんな部活に揚羽を入れるのはさすがに気が引けて、勧誘される前に早々と引き上げた。
というわけで、俺達は最後に朱音の所属しているブランバンド部が活動中の、音楽室にやってきた。扉には例の如く『ブラスバンド部活動中』の貼り紙。
ちなみにこの学校のブラバン、結構有名らしい。大会では常に上位入賞、全国大会への出場経験もあったりする、というのが朱音の話だ。この話を聞く限りじゃあ、前述の三つよりはだいぶ期待できそうだな。
が、
「活動中のわりには静かだな」
音楽室の前は驚くほど静かだった。確か朱音は部活があるって言ってたけど、どうしたんだろう。
「音楽系だからってうるさいとは限らないだろ? もしかしたらミーティングという名の百物語でもやってるのかもしれない」
「やっててたまるか」
「それなら、さっさと行かないとダメですね!」
「いや揚羽、さっさと行かないとの意味がわから――」
「「失礼しまーす」」
おーい。また俺のツッコミはシカトかい。そしてまた俺だけ置いてけぼりかい。
何なんだこの扱いは。新手のいじめか。ただでさえクラスで浮いてるっていうのに、親友と新しい友人にまで仲間外れにされると切なすぎるんだが。
……いや、被害妄想にいつまでも囚われている場合じゃないな。さっさと入ろう。遅れれば遅れるほど入りづらくなる。何より狙い&天然ボケのあの二名だけを放置するのは何かダメな気もするしな。
そんなわけで、
「失礼します」
ガチャ
ん? そういえば何気にこの部室だけ普通の扉か? 他は引き戸だった、って別にどうでもいい事か。
で、中は…………おお。さすがは強豪、人が多い。ざっと五〇人くらいか。指揮者を除く全員が何かしらの楽器を持ち、緊張した空気が室内を占めている。
ううむ、もしかしたら今から練習する所だったのかもしれない。だとしたら何て間が悪いんだ、俺。
「おい樹、さっさとここに来い。そんな所にいたら皆さんが集中できないだろ」
「…………何やってんだお前ら」
呼ばれた方を見ると、龍次と揚羽が指揮者の隣りで正座していた。
「いいからさっさと座れ。うまい事に、今から合奏の練習をするらしい」
「それで、お客さんを立たせて曲を聴かせるのは演奏者の恥らしいんで、鮫島くんもこっちで座ってください」
「うん、早く座って聴く体勢を作れっていうのはわかった。でも何故指揮者の横?」
そして更に正座なんだ? その位置でその姿勢は確実に気になるぞ?
とはいえ、いちいち突っ込んで皆さんの練習時間を削るのは忍びない。何かおかしさを感じながら、俺は二人の隣りに正座して座った。
演奏前の、息を呑む音さえも聞こえてきそうな静寂。
微動だにしない合奏団の前で指揮棒を構える指揮者。
そしてその隣りで正座しながら見守る俺達三人。
……ごめん、空気読んでないのはわかってるけど言わせてほしい。何だこの光景? 第三者が見たら一体どんな光景に見えるんだろうか。
だが、ブラバンの皆さんの目にはそんな奇妙に映っていないようだ。というか眼中にない。彼らの視線の先にあるのは指揮者のみ。
そして曲が始まった。
***
……す……すげえ。感動した。さっきの炒飯にも感動したが、それ以上に感動した。
音楽に興味がない俺でもわかる。めちゃくちゃ上手い。これが全国レベルか……とにかくすごいな。隣りの揚羽も拍手を送りまくっている。龍次は口を開けたまま固まっていた。口が半開きでなかなかみっともない姿だ。まさに放心といった様子。
「どうだった?」
すぐ隣りにいる指揮者の人が指揮台から降りてきて訊ねた。
答えはもちろん、
「すごかったです。俺、音楽で感動したのって初めてですよ」
「すっごくカッコよかったです!」
「……………………」
返事がない。どうやら龍次はいまだに放心状態のようだ。
「えっと、そこの彼は大丈夫?」
「放置してくださって問題ないです。そのうち帰ってきますから」
下手に構うとつけ上がるしな。
あ。
「そういえばさっきの演奏の中にいなかったみたいですけど、一年生はどこにいるんですか?」
演奏中に気づいたんだが、どうやらここにいるのは二、三年生ばかりらしい。てっきり全員いるものとばかり思っていたんだが。
かといって先輩の演奏を聴いているわけでもないみたいだったし……どこにいるんだ?
「一年生は隣りの教室にいるよ。課題曲渡したからその練習してると思う」
「隣りですか。ありがとうございます」
確かにこの人数、一つの教室でやるのは無理があるというもの。どうせだし、行ってみるとするか。
「ほら龍次。隣りの教室行くぞ」
チョップを脳天にかましてやると、ようやく魂が帰って来たのか、気が付いた。
「え? どこに何をしに行くって?」
「朱音の練習を見に隣りの教室へ行く」
「……大丈夫か?」
「……見学ぐらい、許してもらえるだろ。多分」
ちなみに許してもらえるというのはブラバンに対してではなく、朱音に対しての話。
そんな事情もあり、若干躊躇ってからドアを開けた。
ガチャ
「失礼します」
今回は俺が先頭。
おー…………。
……何故みなさん、俺を見て一斉に演奏をやめたんですか? さっきまで普通に練習してたじゃないですか。何故? 練習の邪魔?
「樹」
「あ、朱音……さん?」
いつもクールな朱音が、冷笑を作って俺の前に立った。
朱音の顔がこういう時は非常によろしくない。何がって、俺の身が。
「な、何でしょう?」
「みんな怖がってるから」
え? ……そう言われれば、みなさんそういう顔を。なんかだいぶ怯えている。
改めるまでもないが、やっぱりへこむぞその反応。
「そういうわけだから、さっさと出て行ってくれない?」
わ、わかったから、その笑顔を止めてください。目が笑ってないのは恐ろしすぎるし、何より後ろに何か見えるし。
「失礼しました!」
ドンッ
俺は逃げるようにして部屋から出て、ドアを勢いよく閉めた。
「何やってんだよ。先頭のお前が入らなきゃ俺ら入れないじゃん」
「……朱音に笑顔で止められた」
それだけ告げると、龍次は目を見開いて顔を強張らせた。
「な、なるほど」
「何がなるほどなんですか?」
「「知らない方がいい」」
俺と龍次が見事にはもる。
そう、朱音は怒らしちゃ駄目なんだ。それはもう、大変な目に会ってしまう。朱音のキレた姿……思い出すだけでかなり怖い。
「? わかりました」
よくわかっていない感じだが、とりあえず揚羽了承。
「あれ? 一年生の練習、見なくてよかったの?」
「ええ。ちょっと用事ができまして」
「そうそう。別に朱音の笑顔が怖いからだとか――」
ゴンッ
「ずおっ!?」
「え?」
「いや、何でもないです。失礼しました」
龍次がうっかり口を滑らせそうになったので、かかとで脛を蹴って黙らせた。まったくこの馬鹿は。せっかく朱音が問題なくやれてるんだから、それに水を差すような事を言うんじゃない。
これ以上ここに留まるとまた龍次がうっかり言いそうなので、さっさと退散することにした。
そういえば揚羽、結局部活どうするんだろう。一応どの部活にも考え中って言ってたけど。
個人的にはあやとり部と漫画研究部だけはやめておいて欲しい所。