〈一〉桐野高校の生徒会長
とある五月の昼休み。
「なぁ樹」
「何だ」
「ここへ来てかれこれ一〇分経つわけだけど、俺達は一体何をやらされるわけ?」
「さぁ。それは俺にもわからん」
本当にわからない。昼飯食べる暇もなかったから腹もかなり空いているんだが。
俺達は、というかこの学校の全校生徒は、四時限目終了後すぐに体育館へと集められていた。
何故か、というのはさっき俺達が会話していたように謎。どうやら他の生徒も同じらしく、ざわついている。
「揚羽ちゃん、何か聞いてない?」
出席番号順に一列、そしてクラス順という結果、俺達の隣りに座っている揚羽もはやり首を振って、
「聞いてないです。でもですねー」
ビシッと得意気に人差し指を立てる揚羽。
「何かがあることは間違いないです!」
「うん、それはわかる」
何もなくてここに集められるとか、時間の無駄以外の何物でもない。俺の昼休みを返せ。
ちなみに話は逸れるが、揚羽は結局帰宅部に落ち着いたらしい。俺からすれば、仲間内で俺だけ帰宅部っていうのは寂しかったからよかったけど。
「何か………………つまり、一年D組における沢木龍次と鮫島樹へのこれからの接し方について話し合うとか?」
「それはない」
やってくれたら助かるといえば助かるけど、恥ずかしすぎるし残念すぎる。つーかその事に全校生徒を巻き込むってどうよ?
と、こんな会話が出る時点で予想できるように、俺達の扱いは五月になっても入学当初からあまり変わっていない。質問に答えてくれるぐらいにはなったけど、やっぱり扱いは『危険なもの』のそれ。多少慣れはしたが、やっぱり解決したい問題だ。
「まったく、さっきから樹はわからんとかそれはないとか、自己主張が薄すぎる。何か考えはないのか?」
「だからわからんって言ったんだろうが」
人の話を聞いてなかったのか。
そんな切り返しに、龍次はやれやれと首を振った。
「……ダメだな。今のフリで面白い事の一つや二つ言えないようじゃ、芸人にはなれない」
「誰が芸人だ誰が」
一瞬たりともそんな職業、進路希望にしたいと思った事ないよ。
「何を言ってるんですか沢木くん。鮫島くんにはツッコミがあるじゃないですか」
「……俺、ツッコミがあると断言されるほどにツッコんだ記憶がないんだが」
確かに心の中じゃあ色々言ってるけども、そこまで口に出した覚えはないぞ。まさか、無意識的に口から洩れてる?
「おっ、誰か出てきたぞ」
そんな事をしていると、壇上で動きがあった。というか、人が立っていた。
えー、あのカツラっぽい人は誰だっけ。確か入学式でやたらと長い話をしていた記憶はあるんだが……。校長だろうか。とりあえず仮で。
校長(仮)が壇上に立っていた。気のせいか落ち着きがない。よく見たら、他の先生もどこかそわそわしている。
「何か変じゃないか?」
「そうですねえ。あの先生、前見た時はもっと髪の毛少なかったと思うんですけど」
「いや、俺が言いたいのはそういう事じゃなく――」
『えー、皆さん。おはようございます』
揚羽にツッコんでいると、マイクを手に校長(仮)の型通りの挨拶。
『えー、今日皆さんを呼びだしたのは、えー、我が校の現生徒会長が海外留学から帰国しましたので、えー、これを機に彼の紹介を行いたいと思います。えー、それでは挨拶をしてもらいましょう。どうぞ、獅子尾君』
そう言って、校長(仮)は壇上から降りた。
「生徒会長、いなかったんだな」
「いやぁ、俺も知らなかった」
「知らなかったんですか? 入学式の時、言ってましたよ」
そうだったのか。まぁ俺達、入学式の時は爆睡してたからその辺はよく知らない。
しかし海外留学ねえ。すごいな、帰国子女ってやつか。どこの国に行ってたんだろう。
と、そんな事を考えて待っていたわけだが、件の会長はなかなか現れない。次第に場がざわつき始め、先生達が焦り始めた。
『し、獅子尾君。どこにいるんですか?』
校長(仮)も情けない声で言う。
その時、
「待たせたな、貴様ら!!」
ガコンッ
どこからか聞こえた声と共に、体育館の電灯が落ちた。いつの間にか暗幕まで張り巡らされていて、体育館の中は真っ暗。
「何だ。停電?」
「違うぞ樹。これは――」
龍次が何か言おうとした時、
カッ
天井にライトが当てられた。
そこにはいつの間に設置されていたのか、ゴンドラが。そしてそのゴンドラに一人の男子生徒が経っている。
……何やってんだあの人。つーかどうやってあんな所に……。
「とうっ!」
「って飛び降りた!?」
天井から地面までの高さは一〇メートル以上。し、死ぬ気か!?
「フハハハハハハハ!!」
大惨劇になるかと思いきや、背中にワイヤーが繋がっているらしく、まるでマンガの世界の住人のように壇上に向かって飛んでいた。
あれ、ワイヤーアクションっていうやつか? しかしまぁ、よく学校であんなものを……。
「す、すげぇ!」
「カッコいいです!!」
「カッコいい!?」
あれカッコいいのか!?
揚羽の発言には毎回驚かされたが、まさかアレがカッコいいとは――
「いいぞかいちょー!!」
「あんた最高だー!!」
め、めちゃくちゃウケてた! 場内大盛り上がり。えと、何か乗り遅れてるの俺だけ? もしかして俺だけ感性おかしい?
一人そんな事実に慌てていると、宙を飛んでいた生徒は壇上へと降り立った。
推定一八〇センチくらい。詰襟をきっちりと着込んだその人物はかなり目付きが鋭く、眼光だけで蛇ぐらいなら殺せそうだ。
『久しいな貴様ら! オレが桐野高校生徒会長、二年A組の獅子尾右京(ししお うきょう)だ』
マイクを握ってそう言うと、ニヤリと笑った。会場が再び盛り上がる。
いやはや、まさかこんな人が生徒会長とは。凄まじく予想を裏切られた。
『一年は初対面だったな。入学式までに帰ってくる予定だったのだが、船が遅れてしまってな。オレ様とした事が不覚だった』
ふふん、と。まったく悪びれた様子もなく、会長は続ける。
『新入生よ、ひとまず貴様らの入学を歓迎しよう。そしてこれだけは覚えておけ。この学校ではオレが校則だ! 歯向かう者は即殺すから覚悟しておけ!!』
も、ものすごく物騒なこと言ってますけど……止める人は誰もいない。なんせみんなめちゃくちゃ盛り上がってるし、先生方も呆れかえっている。
『貴様らー! この学校は誰のものだー!?』
「「「会長ー!!」」」
ぜ、全員そろった! 後ろの龍次や隣りの揚羽まで。お前ら、いつの間に洗脳されたの?
本当にすごいなあの人。なんというカリスマ性。先生が落ち着かないのもよくわかる。
「ちょ、ちょっとキョウ! さすがに独裁宣言はダメだよ!」
無茶苦茶な事を言いまくっている会長の元へ、正気を保っているらしい人が走り寄って来た。
なんかずいぶんとカッコいい人だった。美男子って言葉がぴったりとあてはまる、そんな人。普通に壇上に上がっていった所を見ると、あの人も生徒会なんだろうか。
『黙れ下僕。オレ様に命令するな。そんなにこの写真をばら撒いて欲しいのか? ん?』
会長がポケットから取り出した写真をチラつかせると、走ってきた人は思い切り顔を引きつらせて懇願するように頭を下げだした。うわぁ……強請られてるよ、あの人。鬼すぎる、あの会長。
『さて、顔見せも終わった事だ。これで今日の集会は終わりとする。各自クラス順に教室へと帰るがいい。なお、一年D組の出席番号十三番と十四番は教室へ帰る前にオレの元へ来い。以上、解散!』
会長の宣言で、みんながぞろぞろと出口へ向かう。
一年D組出席番号十三番と十四番の人、何をしたかはよく知らないが、とりあえずドンマイ。お前達の冥福を祈るよ。
……………………。
……………………。
……………………って、
「俺と龍次じゃねえか!!」
「何叫んでるんだよ、樹。当たり前だろ」
「いや、お前は何故そんな平然としてるんだ?」
あの会長に呼ばれて、何もないわけがない。もう今から不安でいっぱいなんだが。
「だって俺達、何もやってないもん。もしかしたら留学先からのお土産くれるかもしれない」
「その確率はほぼゼロだ」
お土産をくれる理由こそないぞ。
「それじゃあ揚羽ちゃん、俺達ちょっくら行ってくる。昼飯は先に食っといて」
「わかりました! では二人とも、頑張ってくださいね!」
元気よく手を振って出口へ向かう揚羽。
小さくなっていくその姿に、何故か、揚羽と一緒に平穏も遠ざかっていくような気がした。