〈二〉会長の「依頼(めいれい)」
人のいなくなった体育館で俺と龍次は現在、桐野高校生徒会長ともう一人の生徒会員である美形の先輩の目の前にいる。
一体何をやっただろうか、俺達。入学以降は何も悪い事はやっていない。まぁ入学以前の事を聞かれれば後ろめたい事は確かにあるけど。というか、もはやそれしか呼び出される理由が思いつかない。
「何故自分達が呼ばれたのか、わかっていないようだな」
心を読んだかのようにそう言う会長。
「まぁ、一応そうですね」
「一応? 何を言う。貴様らがオレから呼び出しをくらうような事など、一つしかないだろう」
ああ、やっぱりあれか。
「聞くところによると、貴様らは『高中の鮫と龍』と恐れられる鮫島と沢木で、オレ様を倒して学園最強の座につこうとしているらしいな」
「何ですかその根も葉もない後半は!?」
確かに前半は合ってるけど、後半が全く意味不明。俺達、そんな事を冗談含めて話した事も考えた事もないんだが。
もしかして、俺達そんな風に噂されてる? だとしたら最悪だ。
「フッ、バレちゃあ仕方ない。会長、今ここであんたの首を貰う!」
「悪ノリはやめろ!」
バキッ
「モフゥッ」
誤解に拍車をかけるような事をする龍次を物理的に黙らせた。
具体的に言うと拳を鳩尾にめり込ませた。
「『高中の鮫と龍』なのは認めますけど、後半の会長を倒す云々は全くの誤解です。こいつが口走った言葉もただの悪ノリです」
「だろうな。貴様らはあまり、そういう事に興味がなさそうなツラだ」
実際興味ないです。
「うーん……。キョウがそう言うって事は、やっぱり彼らは関係ないって事?」
「そうだ。元々少し怪しいというだけで確たる証拠はなかったが、対峙して確定だな。こ奴らはシロだ」
「……今更だけど、自分の直感をそこまで信じられる人ってものすごく珍しいよね」
「馬鹿者。オレをそこらの一般人と比べるな」
なんだか俺達を放置して自分達だけで話を進める会長&美男子の先輩。
シロ? 一体何の話をしているんだ?
「えっと、何の話をしているんですか?」
「あ、ごめんごめん。事情説明してなかったね。実は最近、桐野の生徒を狙って襲う事件が数件起こってるんだ。僕らは辻斬り事件って呼んでるけど」
「辻斬りですか」
通り魔的なものだろうか。呼び名はともかく、何ともまぁ、迷惑この上ない話だな。
「そして貴様らが犯人ではないかという噂があってな。確認の為に呼んだ」
「本当ですかそれ!?」
「ああ」
「君達ああいう騒動起こしちゃったから、暴力絡みの事件は容疑者に挙げられやすいんだろうね」
うわぁ、何てこった…………。人が知らぬ所でそんな噂まで経ってたのかよ。どうりで最近また微妙に周りと距離が出始めたわけだ。
「暴力ツッコミの樹はともかく、ハトと並んで平和の象徴と誉れ高いこの俺にまでそんな噂があったなんて……」
「いつそんな象徴になったんだ。そしてツッコミはお前のせいだ」
お前が言葉じゃ止められないほど暴走するから、拳に訴えるしかないんだよ。
「そういうわけだ。一応証言はしてやるが、貴様らの完全な身の潔白を証明するには、犯人が捕まるしかない」
何故だかニヤニヤしながら、会長はそう言った。
なんか龍次がたまにやる笑みに似てる。ただ、会長がやると怖さも相まって嫌な予感が半端ない。
「生徒会としてもこんな風にのさばっている奴らども放っておくわけにはいかん」
と、思った矢先、会長は真剣そのものといった表情で吐き捨てるように言った。
会長……。ちゃんと真剣に考えて――
「これを機に、オレ様が強く偉大で有言実行の人間であると、皆に知らしめなくてはならんしな」
…………………………うん?
「それに、留学でオレがどれほどレベルアップしたかの確認にもなる。ケケケ、犯人どもを一体どうしてくれようか」
一転、超極悪ヅラで怖い笑みを浮かべていた。
……前言撤回。この人、色々とマズイかもしれない。というかめちゃくちゃ怖い。隣りの人ももう呆れたような顔で天を仰いでいた。
「えー…………。あの、一応話は終わったようなので、俺達そろそろ帰ります」
この人と関わるのはマズイと頭の中で警鐘が鳴りまくっているので、撤退する事にした。君子危うきに近寄らずという言葉もある。面倒事に巻き込まれる前にさっさと――
「退散できるなど大間違いだぞ、鮫島」
ちくしょう、呼び止められた。
「先程も言ったな。貴様らの身の潔白を証明するには犯人が捕まるしかない。もちろんオレもすぐに動くが、いかんせんオレと麻人だけでは少しばかり時間が掛かるかもしれんな。その間、貴様らは更に危険人物のような扱いを受けるんだろうが」
「……結局、何が言いたいんですか」
どこか含みのあるセリフに、やっぱり嫌な予感がする。
「貴様らが、その辻斬りの犯人を捕まえてこい」
…………えー?
「そうすれば貴様らは無実を自らの手で証明できる上、オレは労せず反逆者の見せしめの準備が出来るというわけだ。まさに一石二鳥、完璧な作戦だろう?」
「いや、もっといい方法があるような気もするんですけど……」
「何だ? オレ様の作戦に何か文句があるのか?」
反射的に突っ込むと、蛇をも殺さんばかりの勢いで睨まれた。
……はっきり言ってめちゃくちゃ怖い。なんか会長の後ろに鬼みたいなのが立ってる気がする。種類は違うが、朱音より怖いんですけどこの人。
そんな風に会長の殺気に恐れおののいていると、いつの間に後ろに回られたのやら、例の美形の先輩がこっそり俺の肩を叩いてきた。
「(極力キョウに逆らわない方がいいよ。彼、すごく執拗かつ狡猾に制裁してくるから。昔、学校で一番の不良って言われてた人も、一晩で目から生気を無くさせられたし)」
…………マジで? 学校一の不良が?
確認の意味も込めて見つめ返すと、先輩は黙ったまま頷いた。表情は超がつくほど真剣。
が、学校一の不良が? マジかよ……
改めて会長の方に視線をやって、俺は確信した。あり得る。この会長ならそれくらい、鼻歌交じりでやりかねん。
「か、完璧な作戦だと思いますよ。もちろん手伝いもさせて頂きます」
「フッフッフ、わかればいいのだ。ちなみにその不良生徒は、翌週には転校したがな」
いっ、今の話聞かれてた!? 何という地獄耳、もう会長の悪口は言えない。
「よく言った樹! 同じ学校の仲間を狙う悪人どもを捕まえる俺達。これこそ学校生活の醍醐味ってもんだ」
「うるさいお気楽野郎。そんな醍醐味があってたまるか」
人の肩を叩いてくる龍次を睨みながら突っ込む。
明らかに普通の学校生活からかけ離れてるだろうが。お前の脳内構造は理解出来ん。
「わかってないな、樹。辻斬り捕獲→学校で有名人→女の子にモテモテ、だぞ?」
「本当に理解出来ん」
思考回路が馬鹿すぎる。お前、いつも行きつく先が同じじゃないか?
「それに、クラスのみんなも俺達が危ない奴じゃないってわかってくれるかもしれないし」
ちょっとだけ真面目な顔で龍次はそう呟いた。
……確かに、それはあるかもしれない。どの道、今のままじゃいつまでもクラスに馴染めないし、可能性があるなら賭けた方がいいだろう。
よし、そう考えると辻斬り退治も悪くない。やる気出てきたぞ。
「で、会長。その辻斬りとかいう悪党はどこにいるんすか?」
「知らん」
龍次の質問に、会長は腕を組み、胸を張って堂々と言い切った。
…………んん?
「そ、そんな堂々と言う事ですか?」
「馬鹿者、わからんものを知ったかぶりしても仕方ないだろう。詳しい事はこいつに聞け。では、オレは準備に向かうとするか」
そう言い残し、会長は俺達の前から去って行った。残されたのは、俺と龍次、それと会長の言うこいつ――例の美形の先輩。
俺達は五秒ほど会長が去っていくのを眺めてから、ほとんど同時に向き直った。
「さて、それじゃあ教えようか。あ、その前に自己紹介するよ。僕は三年の犬飼麻人(いぬかい あさと)。生徒会じゃ副会長をやらせてもらってるよ。気軽に麻人で呼んで欲しい」
そう言うと、柔和な笑みを浮かべた。麻人先輩ね。これでようやく名前で呼べる。俺もいい加減、美男子だの美形だのつけて呼ぶのが面倒だったし。
…………いや待て。何故俺は心の中の自分のセリフに突っ込んでいるんだ。
「どうしたの?」
「いえ、大した事じゃないんで」
そう、全くどうでもいい事だ。
「俺は鮫島樹。麻人先輩、よろしくお願いします」
「Nice to meet you! 今をときめくentertainerこと、沢木龍次です☆」
「うん、よろしくね」
意味不明な事を口走る龍次はとりあえず触れない方向らしい。笑みは崩さず麻人先輩は応えた。若干頬が引きつっているけど、なかなかに大人な対応。
「それで辻斬りの話だけど、被害が出始めたのは四日前。第一被害者は軽音部所属二年生のA君(仮名)。一九時頃、バンドの打ち合わせを終えて一人帰宅している所を、マスクをした数人の集団に襲撃されたらしい。A君は身体の数か所を鈍器のようなもので殴打されて全治二週間の怪我。場所は正門を西に一二〇メートルほど行った空き地で、暗くて人通りも少ない」
いつの間に用意したのやら、麻人先輩はクリップボードに貼ってある紙をめくった。
「次の事件は三日前――」
「あの、朗読してもらうよりその資料を渡してもらって読んだ方が早いと思うんですけど」
「あ、それもそうだね」
麻人先輩からクリップボードを受け取り、読んでみる。
ふむふむ、今のところ被害は四件か。時間帯は七時から九時ぐらい。場所はみんな同じ、学校の近くの空き地。襲われた人は今のところ男だけ。学年も部活も出身中学もバラバラで、接点は見当たらない。
つーかすごい量の情報。よくこれだけ集めたもんだ。被害者の名前こそ伏せられてるが、名前以外の個人情報は全部載ってるんじゃないだろうか。敵に回すと怖そうだな、この人。
「しかし、犯人は何が目的なんだろうな」
「わかってないな樹。闇に潜む怪人達は、本能のまま無差別に人を襲うと相場が決まってんだろ?」
「お前は一体何を捕まえる気でいるんだ」
怪人って。そしてそんな相場、俺は知らん。
「完全に無差別っていうわけじゃないんだ」
龍次の言葉に曖昧な笑みを浮かべながら、麻人先輩は言う。
「調べたんだけど、狙われているのは全員が桐野高校の生徒。しかも、骨折以上の大怪我はさせていない。つまり彼らは、桐野の生徒に用はあるけど、必要以上の恨みを買う気はないって事だと僕は思う」
「桐野の生徒に用がある、か」
不良が名前を売るにしても、まぁ桐野はターゲットになりにくいだろうし。本当に何が目的なんだか。
ただの憂さ晴らしっていうのがわかりやすく、ありがちな動機だと思うんだけど。
「それじゃあ僕はこの辺で。また分かった事があったら知らせるから。昼休みもそろそろ終わるし、君達も早く帰った方がいいよ」
「何ですとう!?」
麻人先輩の去り際の一言に目を見開いて愕然とする龍次。たぶん、昼飯が食えそうにないという事態がそうさせるらしい。
「ど、どうしたの?」
「いや、気にしなくて大丈夫です。麻人先輩も授業に遅れないように先に行ってください」
心配する麻人先輩を先に促し、俺は教室に帰る為に打ちひしがれる龍次の襟を掴んだ。
***
「遅かったわね」
教室に帰って来ると、俺の席のわりと近くに座っている朱音が聞いてきた。
……聞いてくるのはいいんだが、本を読みながらっていうのはやめない?
「ああ。もう昼飯食う時間は無いな。龍次も昼飯が食えないと意気消沈してるし」
自分の席の辺りに適当に転がしておいたけど、糸が切れた操り人形のようにピクリとも動かない。昼食一回抜いただけでどんだけショック受けてるんだ、こいつ。
「で、何を言われたの?」
「最近起きてる辻斬りの犯人を捕まえろだってさ」
「へえ」
何その薄い反応。本から顔を上げすらしないのか。
「いやもっとリアクションないの?」
「性分よ。言っとくけど、私は手伝わないわよ」
「うっ」
図星。実はこっそり期待してたんだが先手を打たれ、俺は言葉に詰まった。
やはり現実はそう甘くなかったか。正直お前に手伝ってもらえるとだいぶ楽だったんだが……。
「あんたと龍次がいれば十分でしょ」
「な、何も言ってないだろ」
「顔に出てるのよ」
視線すら合わせてないのに何故わかるんだよ……。
心の中で突っ込むも、怖いので口には出せなかった。
「チクショウめ! 犯人ども、この昼飯の恨みをお前らにぶつけてやるからな!!」
俺が少しばかり落胆していると、空腹感が怒りへと変換された龍次が、ヤケクソ気味に机の上に立って叫んでいた。
……更に奇異の目が集まったのは言うまでもない。