〈三〉ミッション――辻斬り犯を捕まえろ――

 

 

 

 

 

いつの間にか、こんな時間になってしまった。図書室で勉強しはじめたら、いつもよりだいぶ集中できたのが原因だ。

確かに勉強はできましたけど……図書委員の人には悪い事をしてしまった。校門の前で、いつもは通らない道へと足を向ける。少し暗いけれど、家への近道。

急がないとお母さんも心配するだろうし、最近危ない人が出ると先生も言っていたので、少しでも早く家に帰りたかった。

だけど……。私は思わず路地の前で立ち止まってしまった。人気は全くない。切れかかった電灯で路地は途切れ途切れに照らされ、逆に真っ暗な方が怖くないかもしれないくらいの不気味さを醸し出していた。路地の方から吹く生ぬるい風が、頬を嫌な感じに撫でていく。

本当に大丈夫、かな……。でも、そんなに歩くわけでもないし、もし危ない人に会っても防犯ベルを鳴らして走ればたぶん大丈夫……ですよね?

鞄に付けた防犯ベルを握り締めて、私は路地へと足を踏み入れた。

 

 

***

 

 

〜鮫島樹〜

「タイ」

「インド」

「ドイツ」

「ツバル」

「る、る……ルーマニア」

「アンティグア・バーブーダ」

「……どこの国だそれ?」

「カリブ海東部に位置する島国。クリケットが盛んなんだそうだ」

初耳だぞそんな国。お前は一体、どこでその知識を知ったんだ。

時刻は七時を少し過ぎた。日もだいぶ落ち、周りに人影は見当たらない。

俺達が今いるのは、麻人先輩の資料にあった辻斬り犯の出没が確認されている場所。切れかかっている電灯が多くて暗いので、確かにここなら人目に付かず暴れられるだろう。

ちなみにさっきから出てくる国名は、暇だからやり始めた国名しりとりだ。

「それにしても、誰も通らないな。だ……大韓民国」

「クェート。そうだな。張り込んで二時間経つけど、通ったのは五人だもんな」

それもその内の三人が陸上部で、ランニングに通っただけ。本当に需要がないぞ。

「というか正直、こうも人が少ないんなら俺達がこうやって隠れてる意味があるかわからんな。トルコ」

「探偵っていつもこんな事やってんのかー。そう考えると、体は子供、頭脳は大人の少年探偵は探偵という職業に夢見過ぎだ。コンゴ共和国」

「おい、共和国って最後に付けたらほとんど『く』で終わるだろうが」

「じゃあコンゴでいいよ。コンゴ」

「ご…………ご?」

待て。『ご』から始まる国なんてあるのか? 地理は得意じゃないが、少なくともパッとは思い付かん。これなら共和国認定しといた方がよかったかもしれない。

「しかし樹の言う事も最もだ。こうして隠れてるだけじゃ期待薄だもんな。こちらから行動を起こす頃合いか」

俺が『ご』から始まる国名を考えている隣りで、龍次がそんな事を呟いた。

ちなみに今、俺達は道を挟んで左右それぞれの電柱に身を隠している。これが昼間なら隠れている内に入らないような場所だが、現在辺りは暗闇。特に問題ない。

「行動って、何」

「名付けて『囮作戦〜か弱き餌(樹)に忍び寄る犯人どもは、龍次様が退治しちゃうぜ!〜』!!」

…………………………。

「説明しよう!」

「いらん。名前だけで想像できる」

つまり俺が囮となって犯人をおびき出せと言いたいらしい。

「つーか何故俺が囮なんだよ」

「だって俺身長一八〇以上あるもん。こんなでかくてたくましい男、積極的に襲いたいか?」

「いやまぁそうかもしれんが」

俺は龍次より一〇センチぐらい低い。それでも平均はあるけど。

ついでに鍛えてるとはいえ、どちらかと言えば俺は細身。対して龍次は骨太。確かにどちらが弱そうかと言えば俺なんだろうけど……。

「大丈夫。君なら出来ると、先生は知っていますよ」

「鬱陶しいキャラ作るな」

説得したいならもっと真面目にお願いしろ。いや、されてもやらないけど。

くそう、距離が離れているのがもどかしい。そうでなかったらどついてやるのに。

「でも本当にそれくらいやらないと出てきてくれそうにないんだけど。むしろあいつら、今どこにいんの?」

「さぁな。もしかしたら今日は別の場所って可能性もある。最悪、今日はやらないっていうのも」

「うへぇ。じゃあ俺達の放課後無駄じゃん。あ、ところで樹。『ご』から始まる国名は思い付いたか?」

「…………そもそもあるのか?」

一応考えてみたけど、全然思い付かない。ないのか?

「フフン、それはな――」

龍次が得意気に言おうとした時、

 

ピリリリリリリリッ!!!

 

甲高い機械音が辺り響いた。

「ッ!? 防犯ベルか!」

「俺達にじゃないな。あっちだ!」

弾かれたように、俺達は音のする方へと走りだした。

 

 

***

 

 

暗くて気付かなかったが、距離はたいして離れてなかったらしい。防犯ベルが鳴っている場所をすぐ見つけられた。

そこにいたのは、六人の黒っぽい服の奴らと一人の女子学生。黒服の奴らはスカーフや覆面で顔を隠している。制服から判断するに女の子はウチの学校の人だろう。その女の子は黒ずくめによって壁際に追いやられている所だった。

防犯ベルのおかげか、黒い奴らは一瞬怯んでいる様子。チャンス。

「か弱い女の子に何やっとんじゃこの怪人どもぉぉぉぉおお!!」

 

ゴンッ

 

叫びとともに、龍次のドロップキック炸裂。トップスピードを維持した一撃に、女の子を囲む一番端にいた黒ずくめはぶっ飛んだ。

ナイス先制。しかし、まだ怪人言うかお前。

「なんだコラ! テメェらコラ!」

残る黒ずくめが怒鳴りながら身構える。その全員が素手。

……む。全員、何処かで武道をかじっていたように、構えが様になっている。掴む事より打撃に主眼をおいた構えだ。

「俺達は――」

「俺は桐野高校の沢木龍次! この変態覆面辻斬り野郎ども、成敗してやるからそっから動くな!!」

俺の言葉を遮って、龍次が突撃した。覆面三人が龍次に対応する。

一番前の覆面(フルフェイスのヘルメット)が龍次の顔面に殴りかかる。龍次はそれを避けようともせずに、

 

ゴンッ

 

頭突きで逆に相手の拳を割った。ヘルメットが痛みに怯んだ隙に、強烈な右のボディーブローが炸裂。ヘルメットは身体を九の字に折り曲げた。

それとほとんど同じタイミングで、左右から別の覆面(右・タイガーマスク、左・馬ヘッド)が襲いかかる。龍次は両方防げないと即座に判断したのだろう。ボディーブローを打って背中を向けた状態にある右側のタイガーマスクに、体を反転させて左腕で肘を叩きこむ。タイガーマスクの左頬に肘がめり込んだ。ぐらつくタイガーマスクに、とどめの右フックが側頭部入る。地面に叩きつけられるタイガーマスク。

その隙に、左から迫っていた馬ヘッドが背を向ける龍次の後頭部を殴り飛ばした。龍次の体が前のめる――――が、それだけ。

 

メキッ

 

パンチを打ってガラ空きの右脇腹に、後ろ回し蹴りが決まった。龍次の足が馬ヘッドの体を薙ぎ払う。

普通後頭部を殴られたら多少怯むものだが、龍次はとにかく異常にタフなので、正直あの程度のパンチなら避けるまでもない。さっきの頭突きもいい例だ。だからこそ、俺がいつもあれだけ殴っても平気な訳だが。

「てめえらのパンチなんざ、樹のツッコミの比じゃないんだよ!」

倒れ伏す覆面達に言い放つ龍次。

……効いてない、という事はよくわかるが、それは決め台詞としてはどうなんだ? 全然決まらないし、まるで俺がサディストのような言われようだし。

「ちっ……。何だこの野郎。めちゃくちゃつええじゃねえか」

「う、牛島さん。沢木龍次って言ったら、あの『高中の鮫と龍』じゃ――」

「正解。で、俺が鮫の方の鮫島樹だ」

「へ?」

 

ドスッ

 

「ごっ……」

隙だらけの体を正拳で打ち抜くと、リーダー格と思われる奴(白のスカーフ)に話しかけていた覆面(縁日で売っているライダーもののお面)は前のめりに地面に倒れた。

不意打ちみたいだったが、普通に歩いて近づいたのに気付かなかったコイツも悪い。

そんなお面はさておき、俺はリーダー格の前に立った。

「で、どうする? 大人しくついてくれば痛い目は…………まぁ見るかもしれないが、今ここでさらにやられるよりはましだと思うけど」

よく考えたら、会長って今の時間、『反逆者に対する見せしめ』の準備中なんだった。それじゃあ確実に痛い目見る事になるよ。

「……ざけんなコラ。オレがテメェらみてえなガキの言うこと聞く理由がどこにあんだよ」

そう言って、リーダー格が構える。左拳を前に、右拳は腰だめ。いつでも全力の右ストレートのが打てる構え。

……空手っぽいが、厳密には違う。拳が主体で、手数より一撃必殺。そんな感じだ。我流にしちゃあはまりすぎている。何処か俺の知らない流派の構えだろうか。

まぁ、そんな事は今は関係ない。

「だったら、力尽くでついてきてもらう」

腰を落とし、右足を引いて後ろに。両手は胸の高さで前へ、ただし閉じない。指先を切っ先と見立てて相手へ突き付けるように構える。

「………………」

リーダー格の視線が少し揺らいだように見えた。だけど、それだけ。構えたまま動こうとしない。

……ふうん。下手に動くと不利なことがわかるくらいには、実力があるみたいだな。ただ喧嘩が強いってだけじゃないらしい。

「………………」

………………。

「………………」

………………。

「………………」

………………。

「ショートコント、見難いあひるの子」

空気読め、馬鹿。

「ッ!!」

龍次の気の抜ける一言に一瞬気が逸れたのを見抜き、リーダー格が動いた。左足が踏み込まれると同時に左拳が引かれ、反動を伴って右の正拳が打ち出される。

予想通りの一撃狙い。だったら――

俺は即座に左手を横に払い、迫る正拳を左へと逸らした。同時に手を返して袖を掴み、右手を伸ばして襟を掴む。掴んだ瞬間、引き寄せ、体を一気に懐へ。至近距離、右足で右足を刈る。

 

ドンッ

 

「ぐえっ」

少々変則、大外刈り。正確に決まり、リーダー格はアスファルトに背中から叩きつけられた。

「もう一回聞くけど、どうする?」

首元、正確には鎖骨の少し上あたりを手刀で抑えつけながら聞いた。

「だ……誰が、聞くか……よっ……!」

背中を強く打ったせいで息も絶え絶えに、まだそんな事を言うリーダー格。まったく、強情な奴だ。

「じゃあ、ちょっと寝てもらう」

首元に置いた手刀に力を込める。数秒してリーダー格は気絶した。

ふぅ、それなりに強い奴だった。久しぶりに緊張感のある勝負ができたぞ。

「ま、こんな所か」

「樹、今何やったんだ? なんかすぐに失神したけど」

「頸動脈圧迫。脳への血の流れを止めて気絶させたんだよ。チョークスリーパーだっけか。あれと同じ理屈だ」

相手が万全なら抵抗してくるからこうも簡単にはいかないだろうが、本当は指一本でもできる。

「……うわぁ、ヤバいこの人。どうやったら人を倒せるか熟知してるよ。樹の天職って殺し屋なんじゃないか?」

「ふざけんな頼まれてもやるか」

わざとらしく顔を青くして俺から距離を取る龍次に言い放って、俺は辺りを見渡した。

倒れているのは六人、他はいないらしい。どうやら辻斬りの犯人はこの六人で間違いなさそうだ。

そして、道の壁際で腰が抜けたように座り込んでいるのが一人。辻斬りに襲われかけていたウチの学校の女の子。髪は背中くらいの大人しそうな子だ。呆気にとられた様子でこっちを眺めている。

「大丈夫だったか? 怪我とかしてないか?」

目の前でしゃがんで視線の高さを合わせ、聞いてみる。とりあえずパッと見怪我もしてないし、服装の乱れもない。若干放心状態な事以外は特にこれといって問題なさそうだ。

……ん? 今気付いたけど、こいつ何処かで見た事があるような…………思い出せん。

「おーい。大丈夫か?」

こいつが誰なのかというのも気になるが、それより今はこの状態をどうにかしないとダメだろう。反応がないので顔の前で手を振ってみる。

「怪しい奴に襲われたせいで、脳が無意識のうちに怪しい奴を認識しないようにしてるんだな。わかった。樹、ここは紳士たる俺が引き受けるからすぐどけほらどけ」

「龍次、お前密かに俺が怪しい奴だって言わなかったか?」

怪しいのはどう考えてもお前――

「わぁっ!?」

「うおっ!? な、何?」

いきなりの声に思わずそんな声が出る。

龍次に突っ込む為に後ろを向いていたら、突然前から声が。見ると、声を出したのは例の女の子だった。鞄を抱きしめ、壁に向かって後ずさる。

「えっと、とりあえず大丈夫?」

「あっ、あ、ああああ――」

あ?

「ありがとうございましたっ!!!」

女の子は叫ぶと、さっと立ち上がって走り去ってしまった。

……………………えー、何なんだろう。今の。

「ほら見ろ。やっぱり樹が怪しかったから逃げられたじゃないか」

「いや俺何もしてないからな」

何だかよくわからんが、とりあえず大丈夫そうだからいいか。

女の子が走り去っていくのをしばらく見送ってから、改めて辻斬り犯達を眺める。こいつらを会長の所に連れて行けばいいんだったっけ。

……気絶した人間六人かぁ。正直かなり重労働だな……

 

 

 

 

 

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