〈四〉辻斬り事件解決編
辻斬り犯を捕まえ、翌日午前七時。俺と龍次は生徒会室に来ている。あの後学校に戻り、会長に犯人達を引き渡したら、この時間にこの場所に来るよう言われたからだ。
そんな理由でここで待っているわけだが……。
「……この部屋、何故こんなに広いんだ?」
「間取りもどこぞの会議室ばりに広い応接室に洋室&和室、バストイレ別でキッチン付きって、ここは一体何処のマンションなんだい、ジョーンズ」
「誰だジョーンズって」
驚いてるからって変な振りするな。
しかし、マンションのようだという表現は確かだ。普通に家族で生活できそうな居住空間がここにあるぞ。テレビとか冷蔵庫も置いてあるし、空調も万全。何故学校内にこんな場所が? それも生徒会室にあてがわれているんだろうか。
お金も掛かるだろうし。まさか会長が絞り出しているんじゃ――
「安心しろ。この部屋は代々こうなっているのだ」
目の前にいる会長が腕組みをしたまま言った。
……な、何故口に出してないのにバレたんだ?
「フッフッフ、気にするな」
「ちなみにこの部屋がこんな間取りなのは、元々宿直の先生が学校に泊まる時用に作られた部屋だからなんだ。宿直制が廃止になって、代わりに生徒会合宿で使うようになってたら、いつの間にか生徒会室になってたんだよ」
不敵に笑う会長の隣りで補足説明をいれてくれる麻人先輩。
なるほど、宿直室だったからこんな生活できる空間だと。
何故宿直室がこんなに広いんだろうとか、明らかに最近増築した風にしか見えないきれいさだとか、あのテレビの薄さは絶対に最近買ったものだとか、そういう事は突っ込まない方がいいような気がする。
「では、話を本題に移すぞ。こ奴らが犯人だな?」
そう言って会長が見たのは、縄で縛りあげられている六人の犯人達。左端からヘルメット、馬ヘッド、白スカーフ、お面、タイガーマスク、目だし帽。何も被っていないのにそれがわかるのは、変装道具が全て体の正面に置いてあるからだ。
……会った瞬間はそれどころじゃなかったけど、今見るとかなり異様な集団だな。目撃者の証言が揃って『覆面』だったのはこのせいか?
「全員が倉堀(くらほり)高校の生徒で、学年は二年生と一年生が共に三人。まだ調査中だけど、桐野の生徒を襲う理由は特に見当たらない。牛島君を除いてね」
そう言って調査書類らしきものを持った麻人先輩が示したのは、白スカーフで変装していたリーダー格。確かに他の五人は委縮しているにもかかわらず、この人だけはこっちをものすごく睨んでいた。
という事は、主犯はこの牛島という人で、あとの五人はその子分って所か?
「獅子尾ォ……。よくオレの前にそのツラ出せたなコラ」
「ふん、脆弱な貴様をわざわざオレ様が避ける理由はないからな」
縛られながらも殺気出しまくりの牛島さんと、完全に見下し体勢の会長が睨み合う。
尋常じゃない殺気がほとばしってますが、一体この二人はどういう関係?
「彼ね、倉堀高校二年生の牛島君といって、二年前までキョウの実家の道場の門下生だったんだ」
「ど、道場? 会長の実家って何かやってるんですか?」
「うん。獅子尾流武術っていう流派の道場。一撃必殺が信条なんだって」
な、なるほど。通りで牛島さんに武道の心得があり、明らかに一撃必殺を狙った構えだったわけだ。
「で、過去形なのは問題起こして破門にされたから。キョウを闇討ちしようとしたらしいよ」
「闇討ちの原因は?」
「元々そりが合わなかったみたいだけど、キョウが――」
「うるせえなコラ! テメェがした事忘れてねえぞコラ!!」
「オレが貴様にした事? 多少型を身に付けた程度で自惚れ挑戦状を叩きつけてきた貴様を一撃のもとに倒し、その腹いせに闇討ちを仕掛けてきた貴様を瞬殺で返り討ちにし、顔に散々落書きした上で『私は愚かな負け犬です』と書いた紙を額に貼り付けす巻きにして当時通っていた中学の門扉にぶら下げた事ぐらいしか記憶にないが」
「その事に決まってんだろうがコラァ!」
さらりと言ってのける会長に、顔を真っ赤にして殺気まみれの怒鳴り声を上げる牛島さん。
………………えー、原因は牛島さんだけど、拍車をかけたのは会長って事か? 何て言うか、どっちもどっちな感じだな。
「アレのせいでオレがどんだけ恥かいたと思ってやがる……!」
「馬鹿者め。貴様が弱いくせに図に乗ったのが全ての元凶だろう」
「うるせえんだよコラ! ここでブッ殺すぞコラ!!」
縄が千切れそうな勢いで力んでいるが、生憎その縄は綱引きの大縄のごとく太いので、人間の力じゃ千切れるとは思えない。千切れるとしたら、先に牛島さんの血管だろう。
……俺の想像もたいがいグロいな。
「殺す? それが出来んから貴様はオレの学校の生徒を狙ったのだろう?」
「ケッ、アレはテメェを誘き出すエサだ。テメェが食い付いてきそうな事をやる為だけのなぁ」
「……成る程な。では麻人、こ奴の縄を解け」
相変わらずの目付きで睨む会長の言葉に、麻人先輩は何も言わず従った。虚をつかれたような表情で牛島さんが口を開く。
「……何のつもりだコラ、獅子尾」
「オレ様に楯突く反逆者の見せしめにするつもりだったが、気が変わった。処刑内容変更だ。判決。貴様はここで、オレの拳でぶちのめす」
悪魔のような笑みを浮かべ、生徒会長として色々と問題のある発言をしながら、会長は誘うように手をあおいだ。
会長は構えすらしておらず、隙だらけ。しかし、だからこそ何をするか読めない自然体。
「やれるもんなら――」
その言葉を挑発と受け取り、縄を解かれた牛島さんも拳を握る。そして、
「やってみろコラァ!!」
愚直なまでに、一直線に突撃した。距離にして三メートルもない。激突は直後だった。
牛島さんが拳を引く。スピードの乗った拳が繰り出される。会長の右腕がぶれる。
俺が認識できたのはそこまでだった。
ドゴンッ
次の瞬間、人間が殴られたとは思えないような轟音。
そしてそこにあったのは、拳を振りきった体勢の会長と、後頭部から地面に叩きつけられていた牛島さん。牛島さんの鼻は潰れ、完全に意識を刈り取られている。
恐らく拳による一撃。正直、どういう攻撃をしたのかわからない。確かなのは、圧倒的に速い事と、まさしく一撃必殺の威力を持っているという事。
凄まじいな、獅子尾流武術。はっきり言って俺や龍次なんて目じゃない。確実にウチの親父や爺さんクラスの強さがある。
……駄目だ、俺より強いってわかってるのに血が騒ぐ。爺さん達も武人の血がたぎるとよく言っていたが、それがよくわかる。
「おい、貴様ら。あとで牛島に伝えろ」
俺が密かに拳を握っていると、会長は牛島さんの手下五人に視線を向けた。
圧倒的な強さを目の当たりにして完全に委縮している五人に、会長はどこか怒気のこもった声で言う。
「貴様が過去の私怨でオレを狙うのは道理だ。大いに結構。だが、オレの学校の生徒に手を出した事は許可せん。今回はこれで済ませてやるが、次に手を出してみろ。殺す」
ぞっとするような表情で言う会長は、これまで見たどの顔よりも怖く、強く、怒っていた。
自己中心的で、暴力主義で、色々と生徒の規範としてふさわしくない人だけど、本当はちゃんと俺達生徒の事を考えている立派な生徒会長――
「チッ、せっかく三時間掛けて準備したオレ様の完璧な見せしめ計画が台無しだ。今からでも計画を元に戻すべきか?」
……………………。
「……あー、キョウ。できるだけ穏便に、ね?」
「ふん、仕方ない。こ奴らをオレの新技の実験台にするという事で良しとするか」
……立派な生徒会長、ではないかも。