〈五〉依頼の報酬と効果
事件も無事解決し、引き続き生徒会室の応接室。
今ここにいるのは俺と龍次と会長の三人のみ。麻人先輩は辻斬り犯達を警察に連行しに行っている為、ここにはいない。いかに縄で縛っているとはいえ麻人先輩の身が心配だが、さっきの会長の脅しがかなり効いていたようだし、たぶん大丈夫だろう。
それより心配なのは現在の俺達の方だ。事件は解決、犯人も逮捕。これでお役御免とばかりに帰ろうとしたんだが、何故か引きとめられてしまった。
まだ用があるんだろうか。正直身の危険を感じてしょうがない。
「安心するがいい。別に貴様らに危害を加えるつもりはない」
「な、何も言ってないですよ?」
「フッフッフ、このオレ様が、貴様らの思考程度把握できんと思ったら大間違いだ」
ま、マジですか? 心読めるのこの人? もう会長の前で妙な事を考えるのはやめよう。
「で、だ。オレが貴様らをここに残したのは他でもない。自らの無実を証明するためとはいえ、オレ様の下僕としてよく働いてくれた貴様らに褒美をやろうと思ってな」
「ほ、褒美ですか」
色々と引っ掛かる言葉がいくつかあったが、とりあえず意外な展開だ。
「うむ。貴様らはオレの下僕であれど手足ではない。仕事にあった報酬を与えなければ、労働基準法に違反する所だしな」
「はぁ」
下僕って手足以下なイメージがあるのですが、その辺は気にしないでおこう。あとこういう場合も労働基準法は適用されるんだろうか。気になるので今度調べよう。
「で、会長。何が貰えるんスか?」
「フッフッフ。そこは全ての生徒の頂点に立つ生徒会長たるオレ様だ。きちんと貴様らにあったものを用意してある。これだ!」
いつの間に用意してあったのか、不敵に笑う会長の脇に置いてあったのは白い布の被さった大きな物体。白い布が会長によって剥ぎ取られる。『ジャジャーン!!』という無駄に壮大な効果音が何処からか聞こえ、そして姿を現したのは――
「よしゃー!! 米だー!!」
「何故一瞬の戸惑いも躊躇もなしにそこまで喜べるんだお前!?」
米俵二俵が置いてあった。
正直俺はこれを見た瞬間、理解が追い付かずフリーズしたにも関わらず、龍次は宝くじでも当てたかのような喜びよう。
酒屋の息子で従兄弟に米農家がいる奴の発言とは思えん。
「フッ、わかってないな樹。これは米どころ秋田県で純有機栽培で作られたものであり、しかも天日乾燥&無温精米により全く熱を加えない=収穫当時の状態のままで俵に詰められた、素晴らしい米だぞ? ねえ会長」
「ほう、よくわかったな」
「当たってるんですか!? つーかわかるわけないだろ何故そこまでわかるんだ!!」
手に取るどころか見てもいないのにわかるってお前、それ完全に超能力の一種だぞ。むしろわかるお前が怖いわ。
「それは、ヒ・ミ・ツ♪」
「きもっ!!」
気持ち悪っ!! 特に語尾の『♪』が気持ち悪っ!!
「まったく、何がそんなに不満なんだ。米といえば日本人の心じゃないか。樹は日本の米文化を否定するのか?」
「いや米が不満とかじゃなく、お前が色々と理解不能だからなんだが」
俺だって米は好きだが、そこまで手放しで喜べるお前の感性とか異常なまでの料理知識とかその他もろもろ。
しかも褒美が米って。正直会長の発想には驚きだ。
「不服か? オレが夜を徹して考えた褒美が不服か?」
「だっ、誰もそんなこと言ってませんからね!?」
こちらに詰め寄って来る会長から後退して逃げながら、なんとかそれだけ言えた。
だから何故この人は心が読めるんだ。これではプライバシーもへったくれもない。
「じゃあ何が良かったんだ? 羽毛布団?」
「夏に向かうこの時期にそんなもの欲してない」
否、それ以前に欲しいなんて言った覚えもない。
あと褒美って言ったらそれはお前…………えー………………何だろう。具体的なものが思い付かない。まず褒美を貰うっていう状況が普通ないからな。まぁ、とりあえず米でない事は確かなはず。
「フッ、たいした反論材料もないのに中途半端に否定し自らの首を絞めるとは、未熟だな鮫島」
俺の心を見透かしていると思われる会長が、ニヤニヤと嫌な笑みを浮かべて言った。
くっ、当たってるだけに言い返せない。つーか心を読まれてる状況で、どうやって口論で勝てっていうんだ。無理だろ。しかも相手が会長なんて。
「ケケケ、相手が悪かったな」
極悪に笑う会長に完全敗北。くそう、いつかどうにかしたい。
「あ、まさか樹、褒美と言われて金一封でも期待してたのか? なんて卑しい奴なんだ。やーい、ぞくぶつー」
……ただ、この馬鹿に調子に乗られるのだけは納得できなかった。
色々とたまった鬱憤を晴らすべく、俺は拳を鳴らしながら龍次に一歩詰め寄った。
***
…………あからさまに変なものを見る目つきのクラスメイトの視線が痛い。そんな俺達が話題の内緒話が聞こえるのが辛い。
会長との話を終えるともう普通に登校時間だった為、生徒会室から直接教室に来たわけなんだが……………………米俵のせいでみんなの視線がかなりキツい。
うん、クラスメイト達の言いたい事はすごくわかる。今まで危険人物として見てきた奴らが教室に米俵とか持ち込まれたら、「何だこいつら」ってなるよな。でも、あんまり変人を相手にするような目で見るのだけはやめていただきたい。ただでさえ教室まで来る道中もキツかったんだから。
俺だって、好き好んでこんなもん教室に持ってきたくない。でも会長の「邪魔だ持っていけ」という無残な一言によって教室に持って来るしかなかった。
ああ、学校内でこれだったら帰宅中とかどうなるんだろう。今から気疲れが溜まる一方だ。しかもあの会長、ご丁寧に鮫島樹専用と米俵にでかでかと直書きしてくれてやがった。これでは町で噂になってしまう。
何て嫌がらせ何だよこれ。つーか何故褒美を貰って逆にへこむって一体どうなんだ。
ちなみに米俵一俵六〇キログラム。…………体力的にも今から心配だ。
「おいおい樹。なんだその辛気臭い顔は。幸せが逃げていくぞ?」
「今まさに逃げていってる」
クラスメイトの痛い視線という形で。見ないでください勘弁してください。
「というか、この状況で何故お前はそこまで能天気でいられるか聞きたい」
「え、だって俺達別に悪い事してないし。むしろonly one 的な行動が、俺という個性を高めてくれている気さえしてる」
「今の状況じゃオンリーツーだけどな」
二人いるし。お前の言う個性は早くも俺と被ってるぞ。
あと龍次にこれ以上の個性は必要ない。これ以上あると面倒くさい。
「あとはアレだな。いつ俺達が辻斬り犯を捕まえたのが広まるのか、楽しみなんだよ」
龍次がニッと笑って言う。なるほど、プラス思考に持っていってるわけか。
「そう、辻斬り退治→有名人→汚名返上&女の子にモテモテという輝かしい人生の幕開けさっ!」
……プラス思考にも程があった。というかただの妄想だよな、それ。まぁ汚名返上の部分に関しては俺もそれが目的だったわけだしいいんだけど、女の子にモテモテっていうのは…………ちょっと想像できん。
経験がないからその辺はよくわからないな。ウチの姉貴は俺にやたらとベタベタしてくるが、アレをモテモテと置き換えた場合、俺は確実に過労死する自信がある。
「さぁ皆の衆、Come on!」
一人かつての姉の行いに身震いしていると、理解不能というより理解したくない脳内構造の龍次が、両手を広げて奇行に走っていた。今更不可能だけど、非常に他人のフリをしたい。
「先走り過ぎだぞ龍次。話が広まるっていっても、まだあれから――」
一晩しか経っていないと言おうとして、俺は固まった。何故なら、いつの間にか一人の女子生徒が両手を広げた龍次の前に立っていたからだ。
え……ちょ、え? ま、まさか、龍次のさっきの発言に何かしらの催眠効果でもあったって言うのか!?
「あ、あの――」
「ちょっ、お前、早まるな!」
口を開こうとした女子生徒の肩を掴み、説得を試みる。
「待て、そして落ち付け。そう、お前はちょっと見慣れない光景に混乱してるだけなんだ。だが、そういう時こそ気をしっかり持たなきゃいけない」
「え? えと、わ、私は――」
戸惑う女の子は、混乱した様子で何かを言おうとしている。ちっ、まだ意識がはっきりしてないようだな。だが、現実ヘは俺がきちんと帰してやる。(注 彼は理解不能な出来事が発生した為、少々混乱しています)
「見ただろ、さっきの意味不明な行動。あんな馬鹿にお前みたいな善良そうな女の子が関わっちゃいけない。Uターンして、予習するなり談笑するなりして自分の日常を思い出すんだ」
目を見つめてしっかりと言い聞かせ、女の子の体を反転させて背中を押す。よし、これで彼女は平穏に戻れる。
「おい樹! せっかくの出会いになんてことをっ!!」
「出会いを求めるのは結構だが、今のは出会いじゃなくただの一時の気の迷いとしか考えられない。お前の奇行を見て寄ってくるなんてよっぽど酔狂な人だぞ」
「馬鹿野郎! 忘れたのか? 今の萌えジャンルには電波系少女があるじゃないか!!」
「いや知ってる事が前提で話を進めるなよ!?」
そんな事について話した記憶なんて一切皆無だぞ。むしろ何故あるそんなジャンル。
「あっ、あの!」
俺と龍次がそんな風に叫び合っていると、さっき俺が平穏へと帰したはずの女の子が大きな声をあげた。
どうしたんだろうか。あと今更気付いたけど、こいつ昨日辻斬り犯達に襲われてた奴だな。ウチのクラスだったとは。暗かったとはいえ、気付けなかった俺の記憶力は情けない。
えー、名前は確か猫乃(ねこの)。下は思い出せない。見た目通り大人しい感じの奴だったはず。
「どうなされましたか、お嬢さん。差し支えなければ、この紳士たるわたくしめにお教えいただけると嬉しいのですが」
「本当に面倒くさいからキャラ変えるな」
そして自分で紳士とか言うな。胡散臭いわ。
「えっと…………」
俺達のやり取りに戸惑ったような様子だったが、猫乃は意を決したように表情を引き締めると、深々と頭を下げた。
「き、昨日はありがとうございました」
…………あ、お礼か。
「あ、うん。気にするな。こっちもおかげであいつら捕まえられたし」
言い方は悪いが、猫乃が囲まれて相手が油断してたからこそ、辻斬り犯達に先手を打てたわけだしな。こちらとしてもお礼が言いたいくらいだ。
………………うん?
「えっと、猫乃? もう顔は上げてくれていいぞ?」
「その、それから」
頭を下げたまま、猫乃が小さな声だがよく聞こえる声で言った。
「わ、私、鮫島君と沢木君の事、誤解していました。すみません」
…………あー、それ?
「いや、別にいいって。実際誤解されるような事したんだし」
普通、そんな奴は怖いと思うもんな。俺なんか自己紹介の時に自爆した上で暴走した龍次をこらしめたし。
「でも――」
「だからいいって言ってるだろ。顔上げてくれ。そんなに下げられると逆に困る」
申し訳なさそうな表情で頭を下げている猫乃の頭を上げさせる。
「どうしてもお詫びがしたいって言うんだったら、これからは俺達と他の奴と同じように接してくれ。それでいいから」
「そうそう。むしろ友達からお願いします」
「龍次。その言葉にはどこか語弊があるぞ」
龍次にツッコミを入れていると、強張っていた猫乃の顔が綻んだ。
「はい。こちらこそよろしくお願いします」
そう言って微笑む。よかった、もう怖がられてはいないらしい。ちなみに後ろで龍次が「ゴフッ!?」とか言って胸を押さえているけど、それには無視を決め込む。同類と思われたくない。
「ああ。よろしくな、猫乃」
俺が言うと、何故か猫乃は少し顔を赤くした。そして恥ずかしそうにちょっと俯く。
「どうした?」
「えっと、その…………」
胸の前で指を組み、視線をそこに落としている。そのまま迷っているような仕草で数秒。やがて、
「は…………は、春菜(はるな)と、いいます……」
ほとんど呟くように言った。
「え?」
「な、名前です……」
………………ああ、なるほど。
「わかった。鮫島樹だから、春菜の好きなように呼んでくれたらいい」
そう言い返すと、春菜は顔を赤くしつつもはにかんだ。少し距離が縮まった気がするな。このまま他のクラスメイトとも仲良くなれればいいけど。
おお、なんか気分が良くなってきたぞ。
「よろしくな、春菜ちゃん!」
俺を押しのけて横から割り込んできた龍次を、許せるくらいにな。