〈十〉一年D組の喧噪

 

 

 

 

 

「そういえば、龍次。二年の天藤七星って人知ってるか?」

七星との出来事があった日の昼休み。

俺は弁当箱を広げながら、そんな事を龍次に訊いてみた。

嬉々として重箱の蓋を開けようとしていた龍次は、かつて見たことないほどの超高速で重箱から俺の方へと視線を向けた。

「い、樹が年上の女性に興味を持った……だと…………ッ!?」

「なんだその驚愕は。あと多分お前、色々勘違いしてると思うんだが」

「感知GAYだからな」

「意味がわからん」

初めて聞いたぞ、そんな名詞。

「それはともかく天藤先輩だけど、確か女子バスケ部の副キャプテンで、二年生美人ランキングの上位ランカーだったと記憶している」

「……なんか揚羽の時にも似たようなランキング聞いたことあるな」

揚羽の時は新入生美少女ランキングだったか。一体誰がそんなもの統計したのやら。いや、確かに七星は結構美人だったけど。

龍次は箸箱からマイ箸を取り出しながら続ける。

「で、その天藤先輩がどうした?」

「ああ。なんか今朝、友達になったから」

龍次の手が止まった。それから今度はひどくゆっくりとした動きで、俺の方に顔を向ける。

「ごめん、もう一回言って?」

「なんか今朝、友達になったから」

「誰と?」

「天藤七星先輩と」

龍次は俺の言葉に無言を返すと、そのまま出しかけた箸を箸箱へと戻した。更に重箱にまで蓋をし、立ち上がって今まで自分が座っていた椅子を両手で掴んで頭上にかかげ――って、

「何でやねんッッ!!」

「うおいっ!?」

 

ガゴンッ

 

俺目がけて振り下ろした。俺は座っていた椅子ごと転がるようにして回避、椅子は床に叩きつけられる。

なんとか事前に察知して退避できたからよかったものの、一歩間違えていたら病院コースだぞ今の。

「ちょ、なんだ突然!」

「なにちゃっかり年上の美人と仲良くなってんだお前は! いくらなんでも羨ましすぎんだろチクショウが!!」

「いや何故いきなりキレてんだお前」

「黙れフカヒレ野郎!!」

「フカヒレ野郎!?」

初めて言われた罵倒に突っ込んだ次の瞬間、今度は横殴りに椅子が迫ってくる。後退して避けたが、いくらなんでもこいつ錯乱しすぎだろ。

「龍次、落ち着け!」

「落ち着くさ。貴様が俺の一撃を受け止められたのならばなぁ!」

「この期に及んで変なキャラ作ってんじゃねえよ!」

もちろんそんな要求は却下だ。意味のわからん怒りに身体を張る義理はない。

となると、とりあえず龍次を倒して止めるしかないな。俺は龍次との間合いを測って、

 

ドドドドド……。

 

猛烈なまでの嫌な予感に、龍次を倒すという選択肢を即刻放棄した。

 

ガラララッ

 

「体育祭での恨み、晴らしてやるぜ!!」

「余計ややこしくする奴が来やがった!!」

飛び蹴り馬鹿が教室に突撃してきた。タイミング的に最悪。

前には椅子を上段に振りかぶる龍次。

後には勢いをそのまま宙を飛ぶタカ。

まさしく前門の虎に後門の狼状態。むしろ前門の龍(アホ)と後門の鷹(バカ)。

「天誅ッ!!」

「恨みキーック!!」

 

バキゴキッ

 

「ゲバンッ」

「ゴブォッ」

「危ねー……」

かたや飛び蹴りを顔面に、かたや椅子を脳天に食らった暴走野郎二名がダブルノックアウトした姿を眺めながら、俺は安堵のため息をついた。

二人が直線上に居たからよかった。とっさに横へと回避し、互いに殴り合わせる形でやりすごす事に成功。今回は本当、命の危険を感じたな。何故こんな状況になったかがいまだに不明だが。

「あ、あの、樹君。大丈夫でしたか? あとどうしてこんな……」

自体がとりあえず収束したのを見計らって、春菜が声をかけてくる。視線は目の前に転がる馬鹿二人。

「俺はとりあえず大丈夫だ。何故こうなったかはまったくわからん」

俺にわかるのは龍次が暴走していた事と、タカはいつもどおり馬鹿だったという事だけだ。

「こんにちわー、って、何がどうなってるんですか!?」

いつものように弁当を携えて教室にやってきた揚羽が、教室内の惨状を見るなり叫んでいた。

「えー、なんか龍次が暴走した。でもタカはいつも通りだった。それで、俺が避けたら相打ちになった」

「?」

「樹君、それじゃあ伝わらないと思いますよ?」

忠告の通り首を傾けてよくわからない感を全面に押し出している揚羽に、春菜が説明してくれる。

俺は特にやることがなくなったので、倒れている龍次の脇にしゃがんだ。龍次は何か悟ったというか諦めたというか、とりあえず覇気のない顔をしていた。

「はは……。笑えよ、坊主」

「さっき生命の危機に瀕して笑ってる場合じゃない」

「へっ、こんな俺は笑う価値もねえってか?」

「えらく自虐的だな、今日のお前」

普段はポジティブとナルシズムが共存しているような奴なのに。何に対してそんなにダメージを受けてるんだ?

「自分を虐めることで痛みを感じ、この現実を嘘じゃないと受け入れようとしてるんだよ」

「ごめん、もう理解するの放棄していいか?」

昔からそうだったけど、今本当にわかった。俺がお前を理解するのは真剣に不可能だ。

「フ…………。構わねえよ。俺は誰にも理解されない孤独な存在、英語で言うならlonely man――」

「おっすー。樹いるー?」

声のした方を見ると、教室の外に七星がいた。俺がそっちを向いた事に気付き、手をひらひらと振っている。

「どうも、てん……じゃなかった七星。二年がわざわざ一年の教室に何の用だ?」

「さっき授業で社会科教室使ってたからね。ついで」

なるほど、確かに社会科教室は一年の教室と同じ階だ。

「で、この惨状は何?」

「何て言うか、話せば長くなるんだが」

いや長くないか。いつも通り馬鹿が馬鹿やっただけって話だし。

つーか、

「おい龍次。足掴むな」

「掴むな? そうか、ならば握りつぶしてやるぜ!」

「ならばの使い方まちがでぅえっ!?」

 

ドスンッ

 

足を引っ張られて地面に倒れる俺。

龍次は無駄に流れるような動きで掴んだ足をホールドし、足4の字固めを繰り出してくる。

「三人目ってどういう事だこの節操なしがああああ!! 高校入ってからのお前の構築力なんなのマジでもげろ!!」

「意味がわからんし痛いさっさとやめいだだだだだ!!」

全力で床をタップするが、龍次の眼には入っていないらしい。本当にどうしたんだ今日のこいつ。

とにかくふくらはぎの辺りが万力で絞められたようにものすごく痛い。こいつのアホ思想はひとまず置いといて、まずはこの状況を打破しないと俺の足が死ぬ。

痛みでまとまりにくい思考をなんとかかき集めて、

「え?」

自分たちに落ちる影に気付いた。その影を作っていたのは――

「ちょ……」

「うるさい」

 

バキゴキッ

 

おさげと眼鏡と木刀。そこまで認識して、衝撃で意識が飛んだ。

 

 

***

 

 

〜天藤七星〜

「……………………ええっ?」

静かになった教室。誰しもが動きを止め、目を見開いている中、はじめに声を漏らしたのはあたしだった。今目の前にある光景が信じられなくて――ってゆうかむしろ、理解が追いつかなくて、思わず出た声だった。

ええと、とりあえずまず状況整理。

あたしが一年D組教室に来た時、すでに樹を中心に意味分かんないことになっていた。床に男の子が二人転がっていて、一人の側に樹がしゃがんで何か話していた。

で、あたしが声を掛けて樹が答えると、何故か樹の側にいた男の子(樹の友達?)がいきなり樹を引きずり倒して、プロレス技をかけ出した。それはもう、怒気全開の表情で。

樹があんまりにも痛そうな顔で床を叩いてるもんだから、これは止めた方がいいの? なんて思い始めた頃、そこに新たな人物が登場。三つ編みおさげにメガネのクールそうな女の子(そういえば図書委員の集まりで見たことある気がする)だ。その子は何故か木刀を振りかぶっていて、「うるさい」と呟くと同時に木刀を振り下ろした。女の子でよく見えなかったけど、樹と樹の友達はそれで黙ったっぽい。

「あの…………あ、朱音……さん?」

樹のわりと近くに居た大人しそうな女の子が、その場を代表するようにメガネの子に声をかける。

メガネの子はふーっと長く息を吐くと、大人しそうな子の方に向き直った。

「あんまりにもうるさかったから我慢出来なかったわ。まだまだね」

無表情のままちらっと樹達の方を見て、それから何故かあたしの方を向いた。思わず体がびくっと撥ねる。

「えー…………。とりあえずこの馬鹿が起きたらまた面倒くさい事になるので、今日の所は帰ってもらえます?」

「え? あ、はい。わかりました」

反射的に敬語でそう言ってしまい、仕方ないので倒れている樹に小さく手を振ってから(たぶん見えてないだろうけど)、あたしは組教室を後にした。

ようやくいつも通りを取り戻し始めた廊下で、あたしは何となく思う。

なんか……今年の一年生は、色々と強烈だなぁ。

 

 

 

 

 

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