〈三〉桐野高校大体育祭〜第三競技 騎馬戦〜

 

 

 

 

 

二種目が終了し、現在の両組の得点は、白組が三二六点で黒組が三〇四点。黒組が二二点ほど劣勢だ。

一〇〇メートル走の時点じゃあ八六対九四でこっちがリードしていたんだが、第二競技のクラス対抗リレーで差をつけられてしまった。男女五名ずつを各クラスから選ぶこの競技は、団体種目だけあって個人種目である一〇〇メートル走より配点がだいぶ高い。

「けど、配点が高いからって会長が出てくるとは思わなかった」

「ああ。まぁあの人の場合、個人も団体も関係ないレベルだったけどなー」

……確かに」

今でも鮮明に思い出せる。第一走者がまさかの会長。俺達は本物のロケットスタートというやつを初めて見ることになった。

知らなかった。人間って、あんな速度で走れるもんだったんだな……

「ってか聞いたか? 会長が出てるのって全部団体競技らしいぞ」

…………なるほど。確実だけど点数の低い個人競技より、多少リスクはあるが点数の高い団体競技で勝負というわけか。本気だな、会長」

そもそもどちらの組もそこまで運動神経に差があるわけじゃないし、会長がそういう選択をした時点でかなり勝ち目が薄くなっている。

いよいよ会長を本気で止めないとまずい。

「そんなわけで、騎馬戦だ」

「何をもって『そんなわけで』なのかは理解不能だけど、そうだな」

第三競技は全学年男子全員参加の騎馬戦だ。

大雑把に計算して、一クラスに男子は二〇人。騎馬は四人一組なので一クラス五騎計算。そして全学年ということを考えると、両組合わせて四五騎の騎馬がいることになる。

普通に合戦だな、この人数。怪我人が相当出るんじゃないだろうか。

……否、確実に出るな。あの朝礼台の上に立つ、会長のとても楽しそうな顔を見てる限り。

つーか何故会長がそんな所に立っているんだろう。今は競技準備中なはずだけど。

「さて、貴様ら。ようやくオレ様に相応しい競技がやってきたようだ」

例によって腕を組んで仁王立つ会長は、不敵に笑ってそう言った。

「これより! 桐野高校体育祭第三競技『天下の分け目! 騎馬戦〜バトルロワイヤル〜』の競技説明に入る!」

ものすごく物騒な名前の競技に、俺の背筋に嫌な予感が走る。バトルロワイヤルって……

「この競技の勝利条件は相手の殲滅のみだ。どちらかの最後の一兵が倒れるまで戦いは終わらん。そして勝者には、栄光と一〇〇ポイントが与えられる!」

「おおっ!!」

かなりの得点に場内がざわめく。

一〇〇ポイント。取られるわけにはいかないな。

「そして肝心のルールだが――わかっているだろう?」

会長が再びニヤリと笑う。悪い予感しかしないその笑みに、俺の危機感知センサーが警告を発した。

「戦士の闘争を規則で縛れると思うな! 死者が生き返る以外、一切のルールは無用! 一つでも多くの首を取る事だけ考えるがいい!!」

「しゃああああああっ!!」

「おおおおおおおおっ!!」

開会式よろしく、会長の言葉に吠える男子。

テンションが上がるのはよくわかるんだけど、本気で死人が出ないか心配だ。

「樹、なんだそのテンションは! しなびてんのかお前!!」

隣で龍次のテンションもやたらと高くなっていて、今にも暴れ出さんばかり。興奮作用でもあるんだろうか、会長の言葉って。

「いや、さっきから突っ込み所が多すぎて逆に冷静になってる」

「ツッコミなんて忘れろよ! 今は一つでも多くの首を取ることだけを考えればいいんだよ!!」

「お前完全に会長に洗脳されてるぞ!」

危険思考に走りつつある龍次を落ち着かせるために、とりあえず俺は顎辺りを狙う事にした。

何故かって? もちろんこの拳で物理的手段に訴える為、だ。

 

 

***

 

 

「それでは諸君。これより、第一回一年D組会議を始める。今回の議題は、体育祭の重要競技『天下の分け目! 騎馬戦〜バトルロワイヤル〜』における馬の配置とその構成だ」

円陣の真ん中で無駄に神妙な面持ちでそんな事を言う龍次に、雰囲気にあてられたクラスメイト達は真剣に頷いた。

会長のルール説明の後、五分程度だが作戦会議の時間が設けられた。

正直体育祭の騎馬戦程度にそんな時間が必要なのかはものすごく疑問だが、とりあえず騎馬戦に対する会長の意気込みだけはよくわかる。そんな会長を敵に回す俺達にしてみても、まぁないよりある方がいい時間だけど。

ちなみに俺達黒組全体の唯一にして最大の作戦は会議開始一〇秒で決定した。

それはもちろん、できるだけ早く会長を倒す事。

「とはいえ所詮は高校の体育祭。混戦は確実で初期陣地に意味がないと思われる。故に考えるべきなのは、誰を上にし、誰を馬にするかだ」

「とりあえず上に乗る奴は、格闘技経験者とか運動神経のいい奴がやった方がいいな。馬はなるべく体格を合わせてバランスを取りやすいようにしよう」

キャラを作りきっている龍次の言葉に続いて提案すると、みんなは特に反論もない様子で頷いたり返事をしてきた。

ルールを聞く限りこの騎馬戦、ハチマキは関係ないらしい。本当に相手の馬を倒さない限り倒した事にならないようだ。

ということで本当に殴り合いになりそうだが、騎馬の上だし普通の殴り合いよりはガチなものにはならないとは思う。というか、そうじゃなかったら嫌だ。

「当然俺は上だ! 樹、お前には俺の馬という栄誉ある役をやらせてやるぞ」

自分が作った神妙な空気を自分でぶち壊す形で、挙手し発言する龍次。

「いらん。つーか龍次、お前は下だ」

Why? この『高中の龍』こと超戦力・沢木龍次さんを馬に選ぶとは、Youの脳はどうかしちゃってるのかい?」

「どうかしてるのはお前の頭だろ。お前、自分の体重が何キロあると思ってるんだ?」

「え? 七五キロだけど?」

「普通に標準より重いだろ」

その上でかいし。騎馬を組む時点でダウンしてしまう。

「何てこった。俺の肉体美がこんな所で仇となってしまうなんて。見ろやこの筋肉!!」

「顔の面白い芸人の真似はいい。とにかくお前は馬決定な。で、他はどうする?」

「かっちかちやぞ!」などと叫びながら自分の力こぶをやたらと叩く龍次は放置し、俺はクラスメイトに視線を移した。

「とりあえずでかい奴と重い奴は下にしようぜ」

「つーか沢木が使えないのって勿体ないよな」

「あ、そうだ。だったら、鮫島を上にして沢木を馬にしたら、最強の騎馬ができるんじゃないか?」

「おおっ、それなんかすごそうじゃん! 会長に勝てるかも知んねえぞ! 鮫島、それでいいよな?」

挙がった案に、盛り上がり始めるクラスメイト。

最強の騎馬ねえ。確かに上に乗る俺としては足場は頑丈な方がいいし、龍次のでかさはかなり有利になれるから望ましい。

「ああ。どうにかやってみる」

「任せとけ! 俺のハイキックで魔王の首を刈り取ってやんよ」

「いやお前はちゃんと騎馬作れよ」

 

 

***

 

 

グランドの両端にだいたい五〇メートルの距離を置き、白組と黒組の騎馬が向かい合う形でそれぞれ陣取った。

各組騎馬が四五騎ずつ。なかなか壮観だ。

しかしあれ…………

「想定外だ。まずいかもしれん」

「鬼に金棒ならぬ、魔王に重戦車状態じゃん」

俺達の視線の先――白組の最前線中央に君臨する会長の騎馬を見て、俺達は呟いた。

そんな人この学校にいたのかよと突っ込みたくなるぐらいごっつい三人で構成された騎馬。遠目に見ただけで安定感ばっちりなのがわかる。ラグビー部か何かだろうか。この学校に入学して二ヵ月経つが、まったく見覚えがない。

そりゃあ会長の騎馬だし普通じゃない人がやるんだろうとは思ってたけど、あんなレベルなんて思わなかった。まさか、この日の為にスカウトしたとかないだろうな…………

「だけど樹。あれだけのごつさなら、機動性は低いかもしれないぞ。隙を見て奇襲すれば勝てる」

「確かに。それが一番勝率高そうだな」

乱戦になれば会長といえ集中力だって落ちるはず。そこを狙う。

『両陣営、陣取りが完了しました。それではこれより、第三競技騎馬戦――

相変わらず放送席にいる麻人先輩が、席の下から法螺貝を取りだし、

『開始!!』

 

ブォォォォ

 

声の直後、吹いた。会場に響き渡る重音。器用ですね麻人先輩。

「かかれ!!!」

誰かの声とともに、両軍が一斉に動いた。怒号と共に一直線に敵へ向かう。

騎馬とはいえ所詮五〇メートル。一〇秒もしない内に敵は目の前に。

さて、いかせて頂きますか。

 

メキッ

 

「グヘッ」

顎に右の掌底。

 

ゴキッ

 

「ガハッ」

顔面狙いのパンチを捌いてから、鳩尾に直突き。

 

ドスッ

 

「バイバイきーん」

右頬へ左フック。つーか何だ今の奴。

 

ゴンッ

 

「グハッ」

首を振ってかわし、側頭部に拳を叩きつける。

これで四人。ちなみにさっきから聞こえるのは、殴打音と断末魔だ。

『開始一分でこの混戦、もはやどちらが勝つか予想できません。こんにちは、第一、第二競技に引き続き、全部係な犬飼麻人です。正直この状況での解説は不可能なので、各組のコメントを紹介したいと思います』

怒号と悲鳴で混沌としたグランドに、麻人先輩の声が混じる。

『白組からコメントを頂いたのは、二年A組の獅子尾君。生徒会長を務める彼にこの競技への意気込みを訊ねると、『オレの覇道を塞ぐ者は全て叩き潰す』という言葉を怖すぎる笑みとともにいただきました。黒組の皆さん、気を付けてください。この人、やると言ったら確実にやります』

「そういう事は早く言って欲しかったよな」

「同感だ」

言ってくる龍次に同意しながら、俺は少し距離の離れた所にいる会長を眺めた。

本当に、会長の目の前に立った騎馬は全部叩き潰されていた。というか、目に付いた騎馬から倒されていると言った方がいいのか。味方のはずの白組の人達もちらほらやられてるし。

とにかく、尋常じゃないペースで黒組の騎馬が討ち取られている。

「ギャハハハ!! いくらでも来い! 最近のオレは運動不足だからなぁ!!」

凶悪すぎる笑みを浮かべ、また一人黒組の騎馬を薙ぎ倒した会長が、声高らかにそんな言葉を叫んでいる。

強いとは思っていたが、このペースは予想外だ。これ以上味方がやられる前に止める!

「おい、会長の方に――

「待ちやがれ茶髪野郎!!」

会長の元へ動き出そうとした矢先、その進路に立ち塞がるようにして現れたのはタカの騎馬だった。

「会長と戦いたかったら、まず俺を倒していけ!」

「お前それ結局はやられる手下の言うセリフだぞ。下僕根性丸出しか」

「問答無用、勝負だ!!」

言うや否や顔面に向かって突き出してきた拳を払い、俺はカウンターを狙う。

――が、あっさりと逆の手でいなされてしまった。さすがに一筋縄ではいかないか。

「俺が跳び蹴りだけだと思ったら大間違いだぜ!」

いや、その跳び蹴りも当たった事ないけどな。

そんな言葉が頭に浮かぶが、そう発言できるほどに余裕があるわけではない。

実際、蛍先輩に鍛えられているだけあって、まともにやりあえばタカはなかなか強いのだ。こうしている今も俺の攻撃は防がれ、鋭い反撃をしてくる。

地上ならもっと有利に状態をもっていけるが、足が制限されている今の状態ではまだしばらく時間が掛かってしまう。

そうこうしている内に会長がまた一人撃破し……まずい、タカで手こずっている場合じゃない。こうなったら――

「龍次!」

「よしきた、薙ぎ倒しキーック!!」

 

ゴキィッ

 

「なっ……

完全に予想外だっただろう。馬役の龍次のローキックが、タカの騎馬の先頭の男子の足に炸裂。痛烈なローにそいつはあっさりとバランスを崩し、タカともども地面に崩れ落ちた。

「卑怯だぞ沢木!」

「ハッハッハ。ルール上の盲点を突いたと言ってほしいね」

「そもそもルールが存在しないけどな」

ともかくこれでタカは倒した。これで会長への道が――

「戦場でお喋りとは、命がいらんと見えるな」

「ッ!?」

 

ガッ

 

すぐ隣でした声に反射的に腕を動かした。振り上げた腕が俺の顔面に突き込まれていた拳の軌道を逸らし、なんとか凌ぐ。

拳を突き出した張本人は、相変わらずの好戦的な笑みを浮かべて両手を体の前に構え直した。

「防いだか。そうでなくては、わざわざ声を掛けた意味がない」

……会長」

隙を狙うつもりが、完全に失敗した。会長の意識は完全に俺達に向いてしまっている。

チッ、仕方ない。勝つ為にも、どうにか会長を倒してみせる!

「行くぞ鮫島!」

騎馬が一歩分近寄り、同時に会長の右腕が動いた。軌道は直線で、狙いは顎。

ただし、圧倒的に速い!

「くっ……

狙いを予測し攻撃を弾く。強烈な拳に左腕がしびれた。

反撃する前に今度は左の手が迫る。顔面コース。掌で受け止め――られなかったので、即座に受け流す方向に切り替えた。

凌いだと思ったら再び右手が動き、俺は反撃できないまま防戦一方だった。

大振りだから予測は出来るんだが、スピードと重さが尋常じゃない。正直防ぐだけで精いっぱいだ。

だが、こっちには龍次がいる。俺が会長を引きつけられたから、タカの時のように龍次のキックで決める事が出来る。さっきのタカの騎馬役より会長の馬の人たちの方が頑丈そうだが、さすがに龍次の蹴りに何度も耐えられるとは考えにくい。

「龍次!!」

「らぁっ!!」

俺の合図とともに龍次の右足が繰り出される。狙いは馬の先頭の人。馬からの攻撃は想定外だったようで、驚きに目が見開かれていた。

よしっ、これなら上手くいけば一撃で――

「オレを前に隙を見せるなど、一〇〇年早いぞ!!」

え?

 

ガンッ

 

「がっ……

顎へのハンマーでぶん殴られたような衝撃に、俺は思い切り後ろへのけぞった。

タイミング悪く、キックの寸前で片足立ちだった龍次も、そんな体勢から重心を支える事は出来なかった。

四人中二人のバランス崩壊。結果、こらえ切れず、俺達の騎馬は後ろへ倒れるような形で崩れてしまう。

「な、なんだ今の」

背中から落ちたが、受け身は成功したので怪我はない。俺は痛む顎をさすりながら、今しがた起こった事を思い返してみる。

龍次がローキックをかまそうとして、俺の意識が一瞬下に向いた瞬間にやられた。確かそうだ。

だけど…………俺の目がおかしいんだろうか。会長の拳が、比喩抜きに飛んできた気がするんだが。

「ギャハハハハ! 何が起こったのか理解できんようだな、鮫島。何の事はない。俺のロケットパンチが炸裂しただけの話だ」

「ロ、ロケットパンチ?」

言われてみれば、俺の足元にはマネキンの手のようなものが落ちていた。火薬を使ったのか、マネキンは一部爆砕したように壊れ、会長の右手の裾は煤にまみれていた。

ほ、本当にロケットパンチだったのか……

「ふん。威力はあるが、射程距離と精度にまだまだ改善の余地がいるな。では、次の首を狩りに行くとするか!」

そう言うと敗者の俺達に背を向け、会長は新たな獲物を求めて乱戦の中へ突撃していった。

それから一〇分後。

黒組を全滅させ、勢い余って味方まで殲滅し、最後にグラウンドに立っていたのは会長の騎馬だけだった。

……この体育祭、黒組と白組の他にもう一つ、会長っていう枠を作るべきなんじゃないだろうか。

 

 

 

 

 

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