〈四〉桐野高校大体育祭〜昼休み 昼食〜
競技は滞りなく進み、競技の半分が終了。昼休みに突入した。
あれからまた障害物走や玉入れなど三競技ほど終了し、現在の点数は白組が九一〇点に対し、黒組が八〇二点とかなりの大差をつけられている。
やはり実力に差がない分、さっきの騎馬戦が大きかった。怪我人も多数出て戦力的にもだいぶ落ちてしまったし、むしろよく引き離されなかったと感心してしまうほどだ。
が、このまま負けを認めるのは面白くない。午後の競技で勝ち続ければ、まだ勝利の可能性だってある。
だからこれからの為にも昼食で体力付けて、と言いたい所なんだが、
「何故こうなるかな」
観覧席の一部を陣取って昼食を広げる面子を眺めて、俺は呟いた。
黒組の龍次、朱音、春菜に加え、敵である白組の揚羽、タカ、亀田がいた。
まさしく呉越同舟状態。いや、敵ってだけで別に仲は悪くないけど。
「樹くん。ごはん食べないんですか?」
体育祭仕様なのか、いつもより大きな弁当箱からサンドイッチを取り出しながら、俺の疑問の原因である揚羽が聞いてきた。
「食べるよ。ただな……」
「樹。どうせ何故敵チームの揚羽ちゃんとタカと亀田がいるんだ? とか思ってんだろ」
モロバレかい。
「馬鹿だな鮫島は。昼メシぐらい一時休戦にしようぜ。昨日の敵は今日も敵って言うし」
「凄まじく間違ってる。それだと結局ただの敵だろ。つーか現在進行形で敵だろうが、一応」
「ああ敵だ。お前らが敵だったせいで、一〇〇メートル走じゃ沢木に抜かれるし、さっきの騎馬戦でも俺を倒してくれやがってこの根性も真っ黒組野郎ども!!」
「何故途中からキレてるんだこいつ」
「ハッハッハ。敗者というものは惨めなものだな」
攻撃してくるタカの拳を払って逆にカウンターを決めて適当に黙らせてから、俺は自分の弁当箱を取り出した。
まぁ、俺も難しく考えすぎだな。たかが体育祭に、いちいちそんな線引きするもんじゃない。
「つーか亀田が俺達と一緒にいるのは珍しいな」
「ん〜? それはな〜、白井が〜…………何だっけ?」
「いや俺に聞くなよ」
「あ〜、思い出した〜。『二対四だと不利なんで、亀田くんも来てください!』的なことを言ってたからだな〜」
二対四…………?
「だって樹くんたち黒組は四人なのに、わたしたち白組が二人じゃ負けちゃうじゃないですか」
「…………そ、そうか」
昼飯食べるのに一体何の勝ち負けがあるのか疑問の残る所だが、揚羽の脳内ではそういう理屈なんだろう。
「あ、あの、樹君」
「ん? どうした春菜」
揚羽の発言を突っ込まない方向で脳内処理していると、何気に隣に座っていた春菜が控えめな感じで弁当箱を差し出してきた。
女子にしてはわりと大きめな弁当箱に、色とりどりの様々なおかずが詰め込まれている。米も白米でなく五目飯。
うん、見た感じ気合いが入っていて非常に美味そうだ。
「えっと、じ、実はその……ちょっと味見してほしくて」
味見?
「味見なら、ここに評論家も引くぐらい解説してくれる奴がいるが」
「い、いえ、そんな真剣にじゃなくて、とりあえず食べてみてほしいんです。あの………………い、樹君、に」
「え? ごめん、最後の方、何だって?」
「ななっ、なんでもありません!」
何だかよくわからないが、顔を真っ赤にして手をわたわたと振る春菜。
うーん、まぁ本人がそう言うんなら気にしない方がいいか。とりあえずこんな美味そうな弁当を味見してくれと言ってくれるんなら、喜んでいただこう。
「いただきます」
「あ、はい」
さて、食べてみてくれと言われはしたが、一体どれから手をつけようか。おかずが多すぎて逆に迷ってしまう。
とりあえず目に付いた煮物から手を付けることにしよう。
「うん、美味い」
「ほ、本当ですか?」
「ああ。家庭料理って感じで、飽きない味だ」
俺の言葉に、ほっと息を吐く春菜。なんか緊張が解けた風にも見える。
その反応って、もしかして。
「春菜。もしやこの弁当、春菜が作ったのか?」
「あ、はい。自分ではそれなりに出来たと思ったんですけど、やっぱりその…………ほ、他の人に食べてもらってみないと不安で」
「いや、これ全然それなりってレベルじゃないぞ。普通に主婦の料理だって」
「しゅ、主婦ってそんな……」
俺の言葉に、春菜は赤くなってうつむいた。
うーん、俺ってよく春菜にこういう反応させてしまうんだが、何か変な事を言ってるんだろうか。自分じゃ全然わからん。
「鮫島てめえ何一人だけいい思いしてんだこの野郎! 俺にも食べさせて――」
グサッ
「づあっ!?」
黙らせたダメージから回復したタカが春菜の弁当欲しさに暴走する寸前、朱音が突き出した割りばしがタカの側頭部に突き刺さった。
見た限り結構な勢いだった。タカは刺された頭を押さえながら、離れた場所で痛みに転がりまわっている。
「うるさい。食事くらい大人しくしなさい」
冷たく、というかいつも通りの無表情でそんな事を言う朱音。
「朱音。よく黙らせてくれたと礼を言いたい半面、箸はそういう風に使うもんじゃないと教わらなかったのか? いいか、その箸一膳作るにしても、先人達の技術と知恵が――」
「問題ないわよ。これは割りばしじゃなく、タカを突く用の棒だと思えば」
「なるほど。それなら問題ない」
「今の会話の一体どこに問題ない要素があったんだ」
強いて言うなら現状において、先人達の技術と知恵うんぬんよりタカのウザさが問題だったという点ぐらいだと思うが。
「確かにおいしいですね―。わたしが作ってもこんな味になりませんよ? ほらこのたまごサンドとか」
「いや、それは単にお惣菜とサンドイッチの違いだと思いますけど……」
俺が突っ込んでいる間に春菜の弁当を頂戴していた揚羽が首を捻り、横で春菜は的確な指摘をしていた。
うん、どうやったって煮物とたまごサンドが同じ味になるわけがない。全く別の食べ物だろ、それ。
「つーか、揚羽も弁当手作りだったのか?」
「そうですよー。猫乃さんみたいに難しいのは作れないんで、お手軽サンドイッチです。あ、よかったら樹くん、味見してみてください」
春菜とは違い、俺が返事を言う前にこっちへ弁当箱をずずいと突き出してくる。特に拒否する理由もないので、ありがたく一つ頂いた。
お手軽サンドイッチという揚羽自らが言った通り、食パン二枚にハムとレタスとフレンチソースを挟んだ、いたって普通なハムサンド。
この手のお手軽な食べ物に味見がいるのかは少しばかり疑問だが、別に食べるのが嫌なわけじゃない。俺はハムサンドを一口かじった。
…………………………。
…………………………。
…………………………。
バタッ
「樹くん!?」
「どうしたんですか!?」
誰かの声がするがそれを判別できないくらい意識が朦朧とし、俺は口を押さえてうずくまった。
な、なんだこの味は。もはやまずいとか、そういう既存の言葉で表現できない。一体あの何の変哲もないハムサンドでどんな化学反応が起きたんだ。
とりあえずわかるのは、俺の食道どころか体全体が、このハムサンドを受け付けまいと全力で拒否反応を起こしているという事。
「んぐっ、うっ……」
しかし、だからと言って吐き出すのは揚羽に悪すぎる。せっかくくれたものを吐くなんて、俺の良心が許さない。
だけど……ヤ、ヤバい…………。胃の痙攣の度合いが尋常でなく、今にも落ちそうだ。
耐えろ! 耐えろ鮫島樹! お前が無駄に厳しい修行をさせられてきたのは、こういう時の為だろ!(注 異常事態につき、彼の思考回路は少々混乱しています)
「死ぬな樹ぃぃ!! お前には、世界一のダフ屋になるって夢があんだろうが!!」
「え!? 樹くんにそんな夢があったんですか!?」
あってたまるか! 人がヤバい状況でアホな事を他人に吹き込むな!
そう叫んで龍次を殴りたかったが、そんな体力も気力も尽き果てていた。
「お前がそう言ったから、俺は的屋になろうと思ったんだ! それなのに、お前だけ先に逝ってんじゃねえよ!!」
そのネタ続けんなっつーかお前の夢は露天商どまりか!! あと死ぬこと前提に「逝って」なんて字を使うんじゃねえ!!
そう叫んで龍次を蹴りたかったが、もはや指一本動かすのも困難だった。
が、それでも最後の体力を振り絞り、なんとか口を開く。
「だ…………」
「え? 何だ樹!?」
「大丈夫ですか樹君!?」
「遺言? 遺言か鮫島?」
「死ぬなよ〜」
普段ならツッコミどころ満載のみんなのリアクション。
「だ、れが、ダフ屋……だ………………」
何とかそれだけ絞り出して、そして限界が来て俺は力尽きた。
「最後の体力をツッコミに使うなんて、ツッコミも大変ね」
意識が落ちる寸前、朱音の淡々としたそんな声が聞こえた気がした。