〈七〉桐野高校大体育祭〜閉会式〜

 

 

 

 

 

「…………化け物か?」

最終競技、組別対抗リレー。

ゴールテープを切った人物を呆然と見つめながら、俺が呟いた言葉がそれだった。

一つ前の、もはやそう呼ぶべきなのかわからなくなるような内容だった借り物競走を終えた時点で、得点は一三一〇対一三五二で白組の四二点リード。

各クラスから一人ずつ選抜し、一対一のリレー対決を行う配点五〇点の最終競技に勝てば、俺達黒組は逆転勝利が出来るはずだった。

序盤、第一走者に選ばれた朱音の見事なスタートダッシュにより、黒組が大きくリード。その後、差を詰めたり離したりしながらリレーは続き、黒組が二メートルほどリードしたまま、アンカーへとバトンが渡った。

アンカーは、白組が会長で、黒組は、名前は知らないが陸上部の副部長。ちなみに短距離専門で、県大会で表彰されたこともあるらしい。いかに会長といえども、この差を挽回する事は無理だろうと、俺は思っていた。

――が、甘かった。会長の身体能力は、俺の予想をはるかに上回っていた。

アンカーの走る距離は二〇〇メートル。その内の半分で追い越し、残り一〇〇メートルではっきりとわかる差を広げて、会長はゴールテープを切ったのだ。

「逆転勝利なんて、短い夢だったな……」

隣で龍次が感慨深げに、そんな事を呟く。

「ああ……。確かにな」

「俺達の夏、終わっちまったな……」

「いや、夏はこれからだけど」

「チクショウ……。来年は絶対、土じゃなくて優勝旗を持って帰ってやるんだ……」

「高校球児かお前は」

スコップで校庭を掘り返し、悔しそうにその土をビニール袋に詰めている龍次にツッコミを入れてから、俺は改めて会長の方へと視線を向けた。

右腕を天に突き上げて白組観客席へと凱旋する会長の姿は、まぁ何というか、結構カッコよかった。あれだけ堂々とされると、逆に清々しいくらいだな。

「ところで樹、知ってるか? 甲子園の土ってのは、国内の黒土と中国福建省の白砂をブレンドしたものなんだそうだ」

「知らんしどうでもいい。あと、その土は甲子園と一切関係ないからな」

つーかその土、本気で持って帰る気か?

 

 

***

 

 

『それでは、表彰に移りたいと思います。優勝した白組代表者、前へ』

学校行事でよく使われる行進曲『威風堂々』の流れる中、麻人先輩のアナウンスで会長が一歩前に出る。

会長の目の前には校旗を持った校長(仮)。差し出された校旗を片手で掴むと、全校生徒に見せつけるように天へと突き上げた。

それに煽られるように、白組全体から歓声が沸く。そんな様子に、負けた黒組の俺達は拍手を送った。何だかんだ言って、所詮は学校行事。負けたのは悔しいと言えば悔しいが、悲観にくれるほどではない。

「くそう、会長かっけーなぁ。来年は俺があれをやりたい」

「来年はまだ無理だと思うぞ」

「なんで?」

「会長まだ在学中だし」

敵であれば勝てないし、味方でもあの人以上に人の上に立つ……というか、君臨するのに相応しい人はいないだろうから、結局代表は会長になるだろうからな。

「つまり、来年俺達があの場所に立つためには、下剋上しかないということだな」

「俺達って言うな」

俺にそんな野心はない。平穏に暮らさせろ。

「ハッハッハ、早くも来年の算段か? 無様すぎるぞ背景と同化した黒子ども! やっぱ俺には敵わなかったってことがで証明されたな!!」

「黙れ白組のお荷物」

「図に乗んなザコA」

「直接対決全敗だったくせにプライドとかないのね」

あからさまに俺達を見下した態度で笑いに来たタカは、俺と龍次と朱音の言葉に崩れ落ちた。

実際、タカに限っては全勝だったんだけどなぁ。やはり団体戦はその辺が悲しいところ。

「それにしても最後のは惜しかったよな。朱音の最高のスタートダッシュだったのに」

「仕方ないわよ。だって会長、最後の一〇〇メートルに限れば国体記録だそうだから」

……マジで? どんな化け物だ。世界を狙える人材じゃないか。

「ふむ。つまり会長を抜くことができれば、俺が国体新?」

「身体能力って分野で会長に勝つのはたぶん不可能だと思うけど」

「じゃあご当地名産クイズ(食物限定)なら勝てるな」

「ああ、それならいけるかもしれん」

「龍次なら、一日に殴られる回数とか殴られてから復活する速度対決とかなら勝てる見込みがあると思うわよ」

「それなら樹だって髪の色素の薄さ対決と一日の平均ツッコミ回数対決なら勝てるぜ?」

「全然嬉しくない」

あとお前、朱音にボロクソに言われてるってことに気づけよ。

「しかし長きにわたる体育祭も、ついに先生のくそつまらん品評を聞いて終わりかー。なんか半年ぐらい体育祭やってた気がするけど、終わってみるとあっけないよな」

「いや半年はやってないだろ。確かに長かったけど」

半年ってお前どこから導き出した数字だ。何故か気を抜くと納得しそうな年月ではあるけども。

そんな事を考えながら朝礼台の方を向くと、校長(仮)が『えー、それでは私の品評は、えー、ここで終わらせていただきます』と言って一礼している所だった。

なんか知らない内に無駄に長い品評が終わってたな。まぁ別に聞きたい内容でもないからいいだけど。

『それでは、閉会宣言を行います。生徒代表、生徒会会長獅子尾君は前へ出て下さい』

麻人先輩のアナウンスに続き、会長が朝礼台の上に――いなかった。

……今日二度目だな、この流れ。朝はフェンスの上にいたんだったか。それなら今は一体どこに――

「注目! 両の眼を開いて刮目せよ!」

例によっての大音声で、校庭に会長の声が響き渡る。

その声に反応した全員の視線が向いた先には、会長がいた。屋上だった。

…………あ、あれ? 会長ってさっき、朝礼台の前で校旗受け取ってなかったか? どんな高速移動だ。

「それではオレの白組の勝利をもって、桐野高校名物『白と黒のデスマッチ』桐野高校体育祭を終了する!!」

会長の言葉に次いで、誰が始めるでもなく盛大な拍手が校庭に鳴り響いた。

「オレの白組」というものすごくアレな単語が混じっていたが、まぁそんな事はいつもの事だから気にしない。結果的には負けてしまったが、今年の体育祭は今までのどんな時よりも全力でやれたような気がする。そういう点では、かなり充実したものだったかもしれない。

これで黒組が勝っていればもっと満足いく結果だったんだろうけどな。

拍手が次第に鳴りやみ、消えていく。本当の意味で体育祭の終わりだ。

『えー、それでは、後片付けを始めたいと思いますが、その前に生徒会長より連絡事項があります』

閉会宣言も終わったので自分の席に戻ろうとした矢先、麻人先輩のそんなアナウンスが耳に入る。

連絡事項? ああ、片付けの順番とかか。

「敗者の黒組に告げる。今年の罰ゲームについては明日朝六時に校庭にて教えてやる。全員必ずそこにいろ。以上、解散!」

屋上から会長が叫び終わるとともに、全校生徒が動きだした。――否、黒組一年生だけは動かなかった。

理由はもちろん、会長の言葉の内容。白組は安堵の表情で去っていき、黒組の二年生や三年生の先輩方は落ち込んだ表情で自分の席の方へと向かっていた。

罰ゲーム。…………そんな話、聞いてないんですけど。

 

 

 

 

 

<Back> <Next> <Top>

inserted by FC2 system