〈八〉桐野高校大体育祭〜翌日 罰ゲーム〜

 

 

 

 

 

体育祭は金曜日に行われたため、翌日の土曜日は休日である。

――が、体育祭で負けてしまった黒組の俺達は、午前六時という普段ではありえない時間に学校の体育館に集合していた。普段よりだいぶ早い時間の上、昨日は体育祭。集まった黒組のみんなは誰もが眠そうな顔をしている。

「樹ラッシュ、僕はもう疲れたよ……。なんだかとっても眠いんだ……」

「誰だ樹ラッシュって。あと寝たら会長に何されるかわからんから頑張れ」

「寝たら死ぬ、か。雪山で遭難した時ってこんな感じなんだなぁ」

「その例えもどうかと思うけど」

あと別に死ぬとは言ってない。それに準ずることはされそうな気もするが。

「つーかな。毎朝五時に起きて武道の稽古をするという明らかに現代人とはかけ離れた生活を送っている樹ならまだしも、バリバリの夜型人間龍次さんにこんな時間から活動しろってのが無理な話だ」

「早く寝ればいいだろうが」

「それは深夜番組の面白さがわからんからそんな事が言えるんだ」

「録画しろ」

だから毎朝遅刻ギリギリで学校に来るはめになるんだろうが。

そんな話をしていると、

「よくぞ来たな、負け犬ども!!」

例によっての大音声が体育館に響き渡った。

こんな事を大声で言う人は一人しかいない。その場にいた全員が声の発生源へと視線を向ける。

今日の会長はバスケットボールのゴールリングの上に立っていた。

…………ゴールリングって、人間一人の体重支えられるものなんだろうか。そんなに強度は高く見えないんだけど。特注品?

「先日はオレ様の引き立て役としてよく活躍してくれたな。礼を言う」

ふふん、と会長はあからさまにこちらを見下した台詞を言うが、実際そうだったので反論できない。というか、白組含めて生徒全員が会長の引き立て役でした。

「しかしながら、敗者である貴様らはやはり、敗者らしく相応の扱いを受けなければならん。つまり――」

会長がびしりと俺達の方へ指差す。

「校内清掃だ!」

「脳内斉唱!?」

「お前今、意味不明すぎる聞き間違いしなかったか? 校内清掃だぞ」

「ああ、そうだった。頭ん中でどうやってみんなで一斉に唱えるのかと思った」

なんだか龍次が理解不能な事を言っていたが、とりあえず無視した。ついで、思わずため息が漏れる。

会長が「罰ゲーム」などと言うからには、もっと突飛な事をやらされるんじゃないかと心配してたんだが、どうやらそれは杞憂だったらしい。よかったよかった。

「最低ラインはただ一つ。建った時より美しく!」

「不可能すぎる!?」

最低ラインが厳しすぎるだろ! 校舎建築当時よりきれいにって、どう考えても不可能ですよ会長。

「塵一つ――否! 雑菌一つ残さないつもりでやって見せろ。では、各クラスに配布した担当場所一覧を見て、さっさと掃除を開始しろ」

会長の注文は無茶すぎるものだったが、負けた俺達に反抗できる道理はなかった。

 

 

***

 

 

「よりにもよってここかよ……」

「そう言うな樹。くそ広いグランドや雑菌だらけの便所担当になるよりよっぽどマシなんだし」

「まぁ、確かにな」

俺の言うここ――それは、つい数分前まで黒組全員と会長がいた体育館。いかにクラス全員でやるとはいえ、一日で雑菌一つないレベルにまで掃除するには不可能な場所の一つだ。そもそも「雑菌一つない」なんてできるわけがないんだけど。

ちなみに配布された掃除道具は箒、モップ、チリトリ。バケツは人数分、雑巾山盛り。掃除機など電気を使用するお手軽なものは一切ない。リヤカー一台分はありそうな雑巾の量を考えたら、掃除機とか使った方が絶対早いし能率もいいはずだけど、そこは罰ゲームだと思って諦めるしかない。

「とりあえず俺は天井磨いてくるから、樹は地面に落ちてくるゴミを集めてくれ。地面に這いつくばって乞食のごとく」

「最後の一言でやる気が失せた。というか、天井まで掃除するのか?」

「馬鹿野郎、会長が言ってただろうが! 雑菌一つ残すわけにはいかねえんだよ!」

「お前完全に会長の下僕と化してるな――っておい」

俺の突っ込みを最後まで聞かず、龍次は体育館のギャラリー部分へと通じる階段の方へと走って行った。

本当に、いつの間にあいつ洗脳されたんだろう。会長と初めて会った時からその兆候はあったけど。

「あの、龍次君がすごい早さで走って行きましたけど、どこへ行ったんですか?」

龍次の奇行を不思議に思ったのか、モップで床を磨いていた春菜が寄ってくる。

「なんか天井を滅菌する勢いで掃除してくるとか言ってた。つーか、体育館の天井をどうやって掃除するんだ?」

教室なら机を積めば可能だが、柱も何もない体育館の天井を一体どうやって掃除するつもりなんだろう。まさか、壁を登って天井にはり付く気か? 命懸けだぞ、それ。

そんな風に俺が首を捻っていると、春菜は「えっと」と何か知っているように呟いた。

「たぶん、あれじゃないですか?」

「あれ?」

春菜の指さす方へ視線を向ける。そこにあったのは、先月会長と初めて会った時に会長が乗っていたゴンドラが。

……ああ、確かにあれなら天井掃除できるかも。もしかして龍次の奴、あれに乗りたかっただけなんじゃないだろうか。

「まぁ龍次の事は放っといて、俺達も真面目に掃除するか。会長の視線がいい加減怖いし」

何故かずっと体育館の壇上にいる会長の視線に背筋を寒くしながら、俺はバケツと雑巾を携えて窓ガラスに向かった。

 

 

***

 

 

掃除開始から六時間が経過し、正午。

ここに来てようやく会長から休憩してもいいという許可が放送で入ったので、俺達は休憩ついでに昼飯を食おうと思ったんだが、

「可燃物は休憩中に焼却炉へ持ってこい」

という意味の放送が引き続いてされたので、どうせなら飯の前にやっておこうという俺はゴミの詰まったゴミ箱と共に焼却炉へ来ていた。

俺と同じ考えの奴が多かったようで、焼却炉の前にはすでに結構な人数が集まって列を成している。これじゃあまだしばらく掛かりそうだ。読み違えたな。

ちなみに何故俺がゴミ箱を持って行く役になってしまったかというと、じゃんけんで一人負けたから。

多いもの勝ちって、グーが強いんじゃなかったっけ? なんか謀ったように俺以外みんなパーだったんだけど。

「うっわー、最悪。もう並んじゃってるじゃん」

列の最後尾、つまり俺の後ろにやってきた人がそんな事をぼやく。

女子生徒だった。女子にしてはかなり背が高くて、一七〇ある俺と同じくらい。まったく見覚えがない辺り、たぶん二年か三年の先輩だろう。その人はビニールの紐でくくったプリントの束を両手に、うんざりした表情で愚痴をこぼしていた。

「ねえねえ。これ、何分ぐらい掛かるかわかる?」

と、それとなしに観察していると、その先輩は俺に話しかけてきた。

俺は再度列を見やり、だいたいの見当をつけてみる。

「五分は掛からないんじゃないですか。みんな早く休憩に入りたいでしょうし」

焼却作業と言っても、両手のゴミを焼却炉に突っ込むだけ。そんなに時間が掛かるとは思えない。

「んー、それもそうか。なら、今待った方が得かもね。ところで」

俺の後ろに並ぶと、その先輩はこんな事を言った。

「どこかで会った事なかった?」

「……………………いや、ないと思いますけど」

思い返してみても覚えがない。人目を引き付ける顔立ち――つまる所、結構な美人であるし、何よりこの身長だ。一度見たらそうそう忘れなさそうな人だとは思うんだが。

「きみにはなくとも、なんでかあたしにはあるんだよねー。……………………名前は?」

「鮫島樹です」

名乗ると、「鮫島鮫島」と記憶を探るように呟き始めた。

……む、前二人が終わった。俺が歩を進めると同時に、先輩は「あ」と声を漏らす。

「暴力事件の犯人捕まえた人?」

「まぁ、そうですけど」

「で、その前は暴走族潰した人?」

「……まぁ、そうですけど」

「入学式で爆睡してた上に行進に遅れてた人?」

「…………確かにそういう事もありましたけど、何故そのこと知ってるんですか」

入学式って普通、二、三年はいないだろうに。

「ちょっとそういう話を聞いたもんだから。なるほど、きみが噂の鮫島樹くんなわけかぁ」

ふんふんと頷きながら、しかしまだ何か引っ掛かりがあるように先輩は首を捻った。

「いや、有名って言っても、それが見た事あるとは繋がるわけじゃないんだけどねえ。その茶髪、どこで見たんだったかなー」

「デジャブって奴じゃないですか。茶髪なんて今時珍しいものでもないし。それより前、進んでますよ。えっと――」

「ん? あたし? あたしは二年B組天藤七星(てんどう ななほし)。よろしく」

「じゃあ天藤さん。後ろが待ってるんで、こっちに詰めてください」

「あ、うん。ごめん」

二歩進む天藤さん。その間にまた一人終わったので、俺も一歩進んだ。ようやくあと一人。

「ところで、天藤さんの所のゴミってそれだけですか? なんだったらやりますけど」

「え、いいの? めんどくない?」

「焼却炉に放り込むだけですから、別に」

両手にあるプリントの束を見る限り、たいした量じゃなさそうだ。今さら少々手間を惜しんだ所で問題はない。

「そっか、ありがと。じゃあよろしくー」

天藤さんは俺の脇にプリントの束を置くと、にっこり笑ってから去って行った。

前の人がゴミを処理し終わったので、俺はまずその紙束を焼却炉の中に放り込んだ。

 

 

 

 

 

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