〈一〉物語の始まりは入学式
「えー、新入生の皆さん。ようこそ桐野(きりの)高校へ。本校は伝統ある……」
先生による長々しくだるさ極まりない話が始まった。どの学校にもいる話の長い先生。あれは何故どこの学校にでもいるんだろう。不思議だ。
「なぁ樹(いつき)、俺寝るわ。終わったら起こしてくれ」
入学式当日。壇上で話している先生について眠気と戦いながら考察していると、隣に座る龍次がそんな事を言い出した。
沢木龍次(さわき りゅうじ)。幼馴染でアホでバカだが、一応一番の友達ということになっている。
「お前な、入学式だぞ? もうちょっと緊張感持てよ」
「……………………」
「確かにつまらないけど、一応新入生なんだからそこらへんは我慢しろ」
「……………………」
「……おい」
……返事が返ってこないと思ったらもう寝ていやがる。早過ぎだろ。の○太かお前は。
しかし寝てしまうのもある意味仕方なく、どこを見ても暇そうにしている顔の奴ばかりだ。
さっきは龍次に緊張感云々と言ったが、俺も退屈でしょうがない。そりゃああんなおっさんに人生語られてもしょうがないもんな。先生のお話は長くてつまらないのが相場と決まっている。
「えー、高校生となった皆さんは、えー、勉強に部活と……」
さて、おっさんは熱く語っていてくれているけども、あと何分かかることやら。
――十数分後経過。
「おい!」
………………ん? なんか声が聞こえる。
「起きろ!」
あー…………龍次か。
どうやら俺は寝てしまっていたらしい。まぁあれだけ退屈だったもんなぁ。うっかり寝てしまったようだ。
つーか、なんか……めちゃくちゃ眠いんだが。何故? 確かに昨日はちょっと緊張気味で寝れなかったけど。
とりあえずこの眠気には抗えそうにない。もうしばらくそっとしておいてくれ。
「お前の前の奴、もう退場してるって!」
そうか。あ、そういえば今入学式の途中だったんだっけ。
という事は、次は俺が退場しなくちゃいけないんだなぁ。
……………………って、
「マジか!」
ゴンッ
「ぐはっ……」
俺が起き上がると同時に俺の頭が龍次の額にクリーンヒット。龍次悶絶。中身があまり詰まっていないせいか頭はあまり頑丈でないらしい。ちなみに俺は筋金入りの石頭だから痛くない。
で、俺の前に奴は……うわぁ。俺の前のいた新入生は、もうだいぶ先へ行ってしまっていた。微妙に周りがざわついているのが非常に気まずい。
「まずい、龍次。さっさと行くぞ」
俺は倒れている龍次の首を掴み、早足で前の奴の後を追った。
「チョウチョが、パピヨンが俺の周りを飛んでる……」
現在進行形で引きずっている龍次が何か言ってるが、シカトしておこう。
***
クラス到着。途中、龍次が復活するまで適当に時間を潰していたので、みんなより微妙に遅れてしまった。が、先生が来ている様子はまだないのでおそらく大丈夫だろう。
教室は一年D組で生徒数は四〇人。俺の出席番号は十三番。ついでに言うと龍次は十四番ですぐ後ろ。
「さめ」と「さわ」では確かに前後になりやすいだろうな。今までもクラスが同じだった時は、すぐ後ろがこいつだったし。
しかし四〇人か。いつ頃全員覚えられるだろうか。俺、人を覚えるのって苦手なんだが。
「大丈夫だ樹。例えお前が何を不安がろうと、俺はここにいるぜ?」
「別にお前に心配してもらうような不安事はないよ」
そしてその無駄に爽やかな笑顔をやめろ。歯、光ってるし。歯ブラシのCMにでも出れそうだ。
しかしそんな俺の言葉は完全にスルーし、龍次は無駄に高いテンションで背中を叩いてくる。
「さぁ入ろうぜbrother、my classへ!」
誰がブラザーだ誰が。でも、クラスはかなり楽しみだ。なんせこの一年間、一緒に過ごす人達なわけだし。
そして龍次がドアを開ける。
「Open the dear!」
「dearってなんだよ、doorだろうが」
よくそれで高校入れたな。この高校ってそんなにレベルが低かったか?
そんな馬鹿発言のせいか、ドアの先はかなり静か。というか、沈黙。ちょうど俺達が入って来たと同時に静かになったっぽい。
……えっと、何でしょうか。俺達、そんなにタイミング悪かったですか?
「……樹、やっぱお前目立ち過ぎるんだよ。その茶髪が」
「いや、あきらかに今のお前の発言だろ。それにこれは地毛だからしょうがないだろ?」
これ見よがしに人の頭を指差してくる龍次を小突きながらツッコミを入れておいた。
龍次の言うとおり、俺の髪はきれいに茶髪に染まっている。親は両方、生粋の日本人で真っ黒なのにだ。もちろん一回も染めた事はない。この髪のせいで先生からの第一印象は基本的に悪いし、ガラの悪い連中に絡まれる事もしばしば。しかし地毛なのだからどうしようもない。
と、そんな俺達をよそに、クラスのみんなはヒソヒソと話している。
何となく、みんなの視線に怯えのようなものが混じっているのは気のせいだろうか。
……多分、気のせいじゃないな。今、視線が合った瞬間に目を逸らされた。
「何なんだ? もしかしてみんな相当なシャイ?」
「いや、そういう感じじゃないが……」
『Open the dear!』発言以外に、俺達変な事はしてないはずなんだけど。
もしかして、龍次の言うとおり本当にこの頭のせい? だったらすごく嫌なんだが。いや、俺ほどでないにしろ、茶髪なんてたくさんいるこの時代、髪の毛程度でここまで怯えられるわけがない。
なら他に何の理由があるんだろう。さっき入学式で爆睡してたからか。その後の龍次に対する頭突きが悪かったのか。
……いや、確かにアレは我ながらなかなかまずい行動だったとは思うけど、だからって怯えに繋がるのも違う気がする。
そういう風に考えると、怯えに繋がる心当たりが一つ、あると言えばあるんだが……噂って、新入生相手にそう簡単に広がるもんだろうか。広がるはずないと思うんだが。だってまだ初日だし、その噂自体を知ってる人少ないし。
「あんた達」
何となく動きづらく、教室の入口で立ち往生している俺達の耳に、聞き慣れた温度の低い声が聞こえた。
立っていたのは龍次同様幼馴染の烏丸朱音(からすま
あかね)。メガネに三つ編みと、学級委員長のような格好のこいつとは、家族ぐるみの付き合い。ちなみに、基本面倒くさがりのこいつが学級委員長をやった経験は皆無だ。
「よう、朱音。そういえば同じクラスだったな」
「で、この静けさは何なんだ? やっぱ樹の髪のせい?」
「だからそれはないって」
茶髪でこんな注目されるって、一体いつの時代なんだ。現代日本じゃありえないだろ。
「気付きなさいよ。バレてるみたいよ、もう」
ため息交じりに、面倒臭そうに朱音は言う。
「バレてるって何が?」
「ハッ、まさか俺が伝説の勇者だって事が!?」
「いちいち小ネタを挟むな面倒くさい」
話が進まないんだよ。さっさと理由を聞きたいんだから茶々を入れるな。
そんな俺達のやり取りを見ながら、朱音はつまらなさそうに、
「あんた達が『高中の鮫と龍』ってことが」
言った。
…………何ですと?
俺と龍次は一瞬フリーズし、直後顔を見合わせ、
「「マジか!?」」
そして見事にはもった。