001 絆創膏

 

 

 

 

 

「もっちん。絆創膏持ってない?」

「んー、持ってるよ。どしたの?」

「指切った」

美術の授業。課題の制作中に彫刻刀でぐさりとやってしまった僕は、指先の血を舐めながら隣に座るもっちんにそう言った。

もはや前衛的としか表現できない課題を生み出しつつある彼女は、彫刻刀を置くとスカートのポケットから財布を出し、その中から絆創膏を取り出す。

ピンクの花柄だった。

「なかなかメルヘンチックな柄の絆創膏だ」

「そうかなー。でもぐっさん、メルヘンの方が早く治りそうな気がしない? 少なくともフツーのやつよりは早そうだとおもうけど」

「まぁ、効能はともかく気分的には華やぐだろうね」

問題は僕のような男子が花柄の絆創膏を付けているという点だけど、施しを受けているのに文句を付けるのは失礼だ。僕は受け取ろうと左手を差し出す。

が、もっちんはずいと僕の方に手を差し出してきた。何故かその手は僕の右腕の方に向かって差し出されていた。

「何?」

「貼ってあげるから、右手ぷりーず」

「いや、別にこれくらい自分でやれるけど」

「いーの、いーの。もっちんさんの優しさに甘えときなさい。切ったしたの指だしね」

そう言われては特に断る理由もなかったので、僕は素直に右手を差し出した。

そういえば漫画とかではもっちんのようなキャラは不器用で、よく怪我人を治療する際はミイラ男を量産しているものだ。しかしもっちんは別段手こずる様子もなく、手早く僕の指に絆創膏を巻き終えた。

まぁああいうのは所詮フィクションの話だ。しかも今回は絆創膏一枚だし。

「どう? きつくない?」

「いや、ちょうどいい感じ。もっちん、やるね」

傷自体はそう大きくないものだったし血さえ止まれば何でもよかったのだが、存外邪魔に感じないところ上手く巻けている。

「ふふん、みんなにはなぜか意外意外と言われますが、もっちんさんは結構器用なんですよー」

得意げに胸をはるもっちん。しかし僕の視線は彼女ではなく、彼女の作りかけの課題の方を向いていた。

確かに出来自体は僕のよりいい。ならばこの理解不能さは感性の問題か。

「ありがとう、不器用そうで器用なもっちん」

「どういたしまして。では、ついでにおまじないもしとこうか」

おまじない? と聞き返す前に、もっちんはまた僕の右手を取った。

「痛いの痛いの、飛んでいく!」

「……決定事項?」

僕の手から何かを放り出すようなジェスチャーをするもっちんを見届けた後、僕は呟くようにそう言った。

「飛んでいけ」というのも命令文であれだけど、痛みが飛んで行くことを前提としたおまじないは初めてだ。

「そうです。飛んでいきます。どうよ?」

「あー、うん。確かに飛んで行ったね。たぶん」

なんか僕の意識も一瞬飛んで行ったような気がしたけど、気がしただけということにしておこう。もっちんの行動に思考が停止するのはわりとよくあることだ。

「そういうちっちゃい傷って、忘れてるほうが早く治るからね。そんなわけで、痛みも飛んでいったしこっちをやってちゃちゃっと忘れるべし」

もっちんはそう言うと、彫刻刀を持って再び奇々怪々な課題に取り組みだした。

僕はそんなもっちんを見やってから、右手の指先に視線を落とした。

花柄のファンシーな絆創膏。もっちんの言葉に反するようだけど、せっかくもっちんにやってもらったのだしもうしばらくこのままでもいいかなぁなどと思うのだった。

 

 

 

 

 

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