〈四〉ドタバタ昼食タイム

 

 

 

 

 

いやー。まさか昨日のあのセリフがこんな風に実現されるなんて思わなかったよ。

俺は目の前に座る女の子を見ながら、そんな事を思った。

「鮫島くん、どうしました? 箸が止まってますよ?」

そりゃあ止まるよ白井さん。 なんせ昼休みになった途端、突然クラスに入ってきたと思ったら、

「一緒にご飯食べましょう!」

だもんな。まぁ俺も龍次と二人だけで食べるよりかは楽しいし華もあるけど…………。

なんか周りの視線が気になってしょうがない。危険人物と噂される俺と龍次に、隣りのクラスの美少女。確かに目立つ組み合わせだと思う。

ちなみにこの二人は周りの視線なんて全く気にして無さそうだがな。龍次なんかかなりご機嫌で、昨日、白井のせいで悶絶してたことなんて完全に忘れてるし。結果的にはお前のもくろみ通り、新しい出会いに繋がったからだろうか。

「つーか何故白井は俺達と一緒にメシを食おうなんて思ったんだ?」

コロッケを箸で半分に切りながら、俺は白井に聞いてみた。

俺達は他の人達からはかなり恐れられている。このままではたぶん、お前までよからぬ噂が立ってしまうと思うんだが。

「揚羽でいいですよー。苗字ってなんか他人行儀ですし」

いや、知り合ってまだ二日目だし。つーか質問に答えてくれ。

「なんで鮫島くんたちと一緒にご飯を食べているかって言いますと、春休みに引っ越してきたばっかりなんで、あんまり仲のいい友達がいないんですよ。だから寂しいんです!」

そんな笑顔で親指立てて『寂しいんです!』って言われても、全く説得力ないんだが。

「それに、一緒じゃダメですか?」

う……。またその純真な瞳での上目遣い(本人無自覚)かよ。完全にこっちの拒否権ないじゃないか……。

「べ、別に悪くない……」

「それじゃあ、よろしくお願いします!」

そう言うとまたニッコリと笑った。

完全敗北。まぁいいけど。コイツいろいろと話してくれるから、会話には困らないし。

切ったコロッケを口に運びながらそんな事を考えていると、

 

ドドドドド……

 

ん?

 

ドドドドド……

 

何処からか近づいてくる、地響きのようなものが聞こえた。

なんか何処かで聞いたことあるような地響きだが……

 

ガララッ

 

「鮫島アーンド沢木ィ!!」

平穏な昼食の空気を切り裂き、猛烈な勢いで教室のドアを開け放つと同時に叫ぶ男子生徒が一名。

その姿を見た瞬間、俺はとっさに手を伸ばした。

「どりゃぁぁぁ!!」

 

ガツンッ

 

「ガフッ」

間一髪、危なかった。こいつの飛び蹴りはこの龍次ブロックじゃないと防げないからな。

しかし見事に龍次の顔にヒットしたな。鼻血が出てないのが不思議だ。

「高校生にもなって飛び蹴りしてくるなよ、タカ」

なんかまた嫌な感じの視線が集まり出してるし……ちくしょう。

しかし教室へ入ってくるなり飛び蹴りをかました張本人は、そんな視線にはまったく気付いている様子がない。この辺の空気の読めなさが、こいつの奇行を増長している気がする。

「また沢木で防がれたか……やるな!」

この突然現れ、飛び蹴りをかましてきた奴は九条鷹志(くじょう たかし)。通称タカ。

俺と龍次が中学時代に入ってた空手部の同期。中学の時点で空手二段。でも絶対それ以上の実力を持ってる奴だ。

そして何故か知り合った次の日から俺に飛び蹴りをかましてくるようになったファンキーな野郎。まぁいつもこんな風に龍次でブロックしてるんだけど。

「その蹴り止めろよ。ホント危ないから」

「大丈夫だ! お前達以外にはしない!」

いや、俺の身が危険だから。龍次は不死身だからいいけど。

「鮫島くん。このおもしろい人はだれですか?」

ぽんぽんと俺の肩を叩いて、揚羽の質問。

揚羽、このいきなり飛び蹴りをしてくるクレイジー野郎がおもしろいで片付くのか? お前本当に変わってるな。

「こいつは――」

「どうもはじめまして! 俺、E組の九条鷹志っていいます! そこの鮫島と沢木とは中学からの中です! 今後よろしくお願いしまっす!」

紹介してやろうと思った矢先、俺の言葉を遮ってタカの自己紹介。

敬礼すんなよ、気合入り過ぎ。あと目、輝き過ぎ。確かにお前は女好きで、揚羽はかわいいけども、その尋常でない目の輝きには正直引く。

「白井揚羽っていいます。よろしくお願いします!」

揚羽はあくまでマイペース。いつもの笑顔付きで返事を返す。

…………タカ、すごい笑顔。もうその表情からは歓喜しか読み取れない。そりゃあ揚羽みたいな子に笑顔でよろしくとか言われたらそうなるかもしれんが……さすがにキモかった。

「白井揚羽? あ、じゃあもしかして君が――」

ん? 君が?

 

キーンコーンカーンコーン――

 

タカが言い切る前に、昼休み終了を告げるチャイムが鳴った。周りの生徒達が、五時間目の準備に動き始める。

「あ、終わっちゃいましたね。それじゃあ、また!」

揚羽は手早く弁当箱をしまうと、俺達に手を振ってから教室から出て行った。

去っていく揚羽に名残惜しげに手を振るタカへ、本人もいなくなった事なので訊いてみる。

「おいタカ。さっきの言葉、『君が』の続きは何なんだ?」

「は? 鮫島、知らないの? 白井さんって結構有名なんだぜ」

「……何故有名なんだ?」

もしかしたら、揚羽にも何か噂があるんだろうか。そのせいで俺達と同じように避けられているとか、そんな事があるのかもしれない。あいつの性格上、ちょっと考えにくいけど。

「聞いて驚け、なんと新入生美少女ランキング第一位という噂だ。実物は今初めて見たけど、ホントにかわいいよなぁ」

揚羽の笑顔でも思い出しているのか、緩みきった表情でそう言うタカ。

…………なんだ。揚羽に何か噂でもあったのかと思ったら、そんな事か。特に心配するような事じゃないな。

つーかそんなランキング付けが一体いつ行われたんだろう。まだ入学して三日目だぞ。

「まぁ、確かにかわいいな」

かなり変わった奴だけど。それも揚羽にかかれば個性に変換されるんだろうが。

「ってかなんでお前はそんな白井さんと知り合いになってんだよ! まさか、キレイどころばっかり集めてハーレムを作る高校デビューでもするつもりか!?」

「そんな高校デビューするわけないだろ。単に、揚羽が俺と龍次の噂を聞き付けて見に来たってだけだ」

「なんだって? チッ、そういう事なら俺も武勇伝のひとつくらい作っとくんだったぜ……」

心底悔しそうな顔で舌打ちするタカ。

……いや、自分から作りにいったらそれこそ暴力事件だぞ。俺達の場合はたまたま目撃者が少なかったから良かったものの。

あと、そういう野次馬も来るけど代わりにクラスメイトから敬遠されるっていうかなりキツい状況になることも理解しておけよ。

「じゃ、俺も教室に戻るわ。次こそ蹴りを叩きこむ!」

「叩きこまれてたまるか。つーか飛び蹴りはやめろ」

俺の言葉は聞こえていたのか定かではないが、タカは去って行った。

心なしか足取りがリズムを刻んでいるように見える。あいつ、揚羽と知り合いになれて相当浮かれてるな。

「い、樹……。いい加減、俺を離せ……」

そう言われて、ようやく俺がまだタカの飛び蹴りの盾に使った龍次の襟首を掴んでいる事を思い出した。

すまん、忘れてた。

 

 

 

 

 

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