〈六〉クラブ見学会〜あやとり部〜
柔道場を後にし、校舎内廊下。
俺達は三人並んで歩きまわっていた。揚羽は文化部がいいらしいので、こうやって校内を徘徊しているわけだ。
ちなみに飛び蹴りしてくる危険人物のタカはいない。蛍先輩に捕まって雑用をさせられているらしい。ご愁傷様。
「揚羽はどんなクラブに入るつもりなんだ?」
「んー、中学の時も何もやってませんでしたし、特にこれといってないんですよねー」
「特技とかないの?」
お、龍次にしてはいい質問だ。特技を活かせる部活ならやりがいがあるよな。俺の空手然り。
「特技ですか? えーと、あやとりなんかちょっと得意です」
若干の思考の後、人差し指を立ててそんな発言。
…………ツッコミ待ち? それか『じゃああやとり部にでもするか』なんてボケを待ってるんじゃないだろうな。
「じゃああやとり部は?」
…………お前が訊いたか龍次。
「いいかもしれませんね!」
例によってポンと手を叩く古典的方法で同意する揚羽。
天然か? 狙ってるのか?
「お前ら、真面目に考えろよ」
「至極真面目だぞ?」
「です」
ほう、あやとり部で大真面目か。どういう脳内構造してるんだ。
「なら、あやとり部ってなんだよ?」
「あるじゃん、そこに」
そう言って前を指差す龍次。
何言ってるんだこいつは。馬鹿すぎてとうとう幻覚まで見るようになったのか? はいはい、こうやってそっちの方見て驚いてやれば…………ってアレ?
……そ、そういやぁ昨日、宿題に手こずってあんまり寝てなかったな。きっとそのせいだ、ハハハ……
「樹、現実から目を逸らしちゃいけないぜ?」
「やっぱですか」
そこには本当にあやとり部があった。扉に『あやとり部活動中』と書かれた貼り紙が貼ってあるので、まぁその通りなんだろうとは思う。
しかし、妙に寂れた雰囲気のある教室だ。本当に活動してるんだろうか。つーかそれ以前に三〇のクラブのうちのひとつがこれって、大丈夫かこの学校。
「失礼しまーす!」
揚羽は迷う動作もなく行動。元気に挨拶しながら扉を開けて中へ。まぁ、ここまで来たんなら、覚悟を決めるか。揚羽だけ置いて行くのもアレだし。
しかし何故揚羽はあんなにも躊躇なしに入れるのか。天然のなせる技?
「失礼します」
スライド式のドアを引く。
ガララッ
…………………………。
…………………………。
………………はっ、あまりの状況に思考がフリーズしていた。
あやとり部が活動中の教室の中は、完全に予想外です、はい。マンガに出てくるような危なげな人達がタバコふかしていました。
「なんだてめえら?」
「間違えました」
ガララッ
ふぅ、これで無関係。ああいう危ない連中とは関わらない方がいい――と、そこで面子が一人足りない事に気付いた。
揚羽置いたまんまだ! ミスった!
「おい、あげ…………てえ?」
「こうですか?」
「おー、そうそう。あんた、筋がいいな」
どこからどう見ても不良のお兄さんと、どこからどう見ても無邪気な揚羽が、普通に仲良くあやとりやっていた。
「樹、目をこすったって目の前の現実は揺らがないぞ」
「やっぱですか」
アレだろうか。見た目は怖いけど、実は結構いい人だったとかいうオチ?
……否。さすがにそれは楽観的すぎる解釈だったようだ。
「あ、鮫島くん。この人たち、あやとり部の先輩らしいですよ」
あやとり部の先輩ねえ……。どうやったらそんなふうに見えるんだろうか。
主に、今俺達の前に詰め寄って来た一名の金髪の人。
「なぁ、君ら」
「何ですか?」
「ここさぁ。あやとり出来ない奴はいらねえんだよなぁ。特に野郎は」
近い距離で、揚羽に聞こえないような小さな声で言ってくる目の前の人。
……ああ、そういう事。揚羽には猫かぶってるわけね。
「じゃあ、そこの友達を回収して帰ります」
「そういう訳にもいかねえよなぁ。冷やかしなら、相応のもんは出してもらわねえと」
そう言うと、嫌な感じに笑った。他の奴も同じようにニヤニヤしている。
相手は5人。それから、俺達の背後に金属バットを携えた一名。
ったく、こちらは穏便に済ませようと思ってるのに。何故不良ってこうも気が短いかね。まぁ俺も人の事を言えた義理ではないが。
「最初は見学のつもりでしたよ」
「それじゃあ見学料。特別に一〇〇〇円でいいぜ?」
「お、意外と安い。もう一ケタ上かと思ってた」
「アホか。部活で見学料取られる時点でおかしいだろ。どのみちもう帰りますから」
「ふーん、そう。それじゃあ――」
背後で動く気配。来るか。
「龍次」
「おう」
バキッ
「が……」
振り向かず、裏拳を後ろの人の鼻に入れる。それだけでバットを振り上げていた後ろの男は倒れた。同時に、龍次は目の前の人の顎をアッパーカットで打ち抜く。正確にヒットしたらしく、脳を揺さぶられて転倒。
「てめえ!!」
揚羽とあやとりをしてた奴が立ち上がる。他に、同じように座り込んでいた奴らも、手に手に獲物を持って立ち上がった。
はぁ、結局こうなるわけか。
「やっちまえ!」
今時、こんなセリフ言う奴いるんだな。よくザコ敵のリーダーとかが言うセリフ。
「半分頼む。揚羽に被害が出ないよう速攻で」
「OK」
じゃ、やりますか。
最後の一人の鳩尾に拳をめり込ませ、終了。手応えのない人達だな。もうちょっと鍛えてくれないと、こちらとしても張り合いがない。
っと、そんなこと考えてる場合じゃなかった。揚羽は……
「………………」
口を開けて固まってる。そりゃあそうだよな。二人で六人相手に一瞬で勝利だし。もしかしたら何が起こったか理解していないかもしれない。
「揚羽、大丈夫か?」
座ったままの揚羽に手を差し出す。
ううむ、怖い目に合わせてしまった。それも俺達の正体(?)も知られてしまった。はぁ、怯えられるだろうなぁ。もうしばらく隠しときたかったんだけど――
「す、すごい! すごいじゃないですか二人とも!」
…………あれ、何この展開?
「アクション映画みたいでした! あっという間で、目にも止まらぬっていう感じでしたよ!」
そんな事を興奮気味に言う揚羽。
えと、俺は一体どういうリアクションを返せばいいんだろう。
「……怖くなかったのか?」
「え? だってわたし、何もされてませんよ?」
いやまぁ確かにそうだったけど、そういう問題じゃあないはずだと思うんだが。あの不良さん方の狙い、ある意味お前だったんだけど。それにも気付いてない?
「あー……とりあえず、怪我はないか?」
「はい、大丈夫です!」
満面の笑みを返してくる揚羽。
……ま、怖がられなかっただけよしとするか。