〈一〉桐野高校大体育祭〜開会式〜

 

 

 

 

 

『えー、一年生から三年生まで、一丸となって協力する数少ない機会でして、えー……』

珍しく天候に恵まれた、梅雨の六月。

「世界は核の炎に包まれた!」

「いきなり何を言ってるんだお前は」

「いやなんか、樹の心の中でモノローグのようなものが聞こえたような気がして」

「気のせいだ。つーか何故俺の心の声にお前が反応するんだよ」

「そこはほら、ノリ?」

疑問形で返してくるな。意味がわからん。とりあえず龍次の言っている事は今の状況と一ミリも関係ないので、放置しておこう。

今日、六月一〇日は桐野高校体育祭の日だ。この学校の体育祭は各学年のA・C・E組で構成される白組と、B・D・F組で構成する黒組の二組にわかれて競い合う、文字通り白黒つける体育祭なのだ。

あ、俺今何気に上手い事言ったな。使いたかったら使っていいぞ。

「……って、何を言ってるんだろうな、俺は」

「どうした樹?」

「いや、別に」

うっかり口から出てしまった自分へのツッコミで冷静に戻る。一瞬ばかり龍次と同レベルの思考回路に陥っていたような気がするが、まぁ気にしないようにしよう。たぶん体育祭でテンションが上がっているせいだ。うん。

『えー、本日は梅雨のこの時期にも関わらず天候に恵まれ、えー……』

体育祭というわけで校長(仮)が長ったらしくお話をしているわけだが、聞いている生徒はやはり皆無だ。

もはやお決まりだな、行事の先生の話は流されるっていうのは。

「しかし、わざわざ梅雨の時期に体育祭をやる意味がわからないよな。今日は晴れたけど、普通は雨だろ?」

「馬鹿言ってんじゃねえ鮫島野郎!!」

 

バキッ

 

「アニュッ」

「いきなり上段蹴りをかましてくるな。いつもの跳び蹴りじゃないから焦っただろ」

「こんな人口密集地で跳び蹴りをするほど、俺は常識知らずじゃねえ」

「上段蹴りも十分常識外だけどな」

E組という事で実は隣にいたタカの蹴りを龍次でガードし、俺たちはそんな会話。

つーかタカ、なんかすごく久しぶりに見た気がするのは気のせいだろうか。特に五月の間のこいつに関する記憶がほとんどない。ほぼ毎日会ってるはずなんだが…………何だろう、この違和感。

「で、何が『馬鹿言ってる』なんだ?」

「わかんないのか鮫島は。いいか、雨だぞ? 女子だぞ? 体操服だぞ? 雨の日の野外コンサートを想像してみろよ。こんなパラダイス、最高だろうが!」

「意味がわからん」

とりあえず風邪をひきそうだということしか想像できないんだが。

「なんだテメェ! そんな貧相な想像力でこれからの社会を生き抜いていけると思ってん――」

 

ゴツッ

 

「とりあえず変な方向にヒートアップするのをやめろ」

あんまりにもうるさかったので、鼻っ柱に拳を入れて黙らせた。

あーくそ、こいつのせいで周りからの視線が痛い。特に女子。俺には理解できなかったが、タカの言っていた話は女子を敵に回すような内容だったらしい。まったく、とんだとばっちりだ。

『えー、では、えー、ここで生徒会長である獅子尾君に、えー、開会宣言をしていただこうと思います』

そんなやり取りをしている間に、長かった校長(仮)のお話が終わった。校長(仮)が朝礼台を降りる。

入れ替わりに会長が朝礼台に上がって――いない。

「あれ、何処にいるんだ?」

お話が終わってしばらく経ち、いつまで経っても現れない会長にみんながざわめき始める。

なんか先月、似たような状況があったようななかったような……。

「待たせたな皆の衆! オレはここにいる!!」

グランド中に響き渡る大声量のその台詞に、場内の視線が集まる。

それは――校舎とグランドを仕切るフェンス(高さ五メートル強)に腕を組んで仁王立つ会長。

……危なっ。ちなみに会長の額には白いハチマキが巻いてあるものの、服装は何故か学ランだった。動きにくくないんだろうか。

「貴様ら、今日は日常なんぞ忘れるがいい。戦場に必要なのは敵を屠るという闘争心だけだ。 勝者のみが全てを手にし、敗者には何も残らない。勝ちたくば倒せ! 勝ちたくば殺せ! 勝ちたくば滅ぼせ! この時より我らは修羅に入る! 例え敵が神だろうが仏だろうが、己が道を塞ぐものに容赦は無用! 勝者にしか、明日を生きる権利はないのだからな!」

言い放つと、会長はまるで天に宣戦布告でもするかのように、右の拳を突き上げた。

「では貴様ら、これより桐野高校名物『白と黒のデスマッチ』こと桐野高校体育祭を開始する!!」

「うおおおおおおお!!」

「しゃああああああ!!」

会長の宣言に場内超大盛り上がり。雄叫びとか怒号があちこちから聞こえる。

「殺すぞ白組いいいいい!!」

「潰せ黒組いいいいい!!」

「なんか洗脳されてる人が多数いるんだけど!?」

いくら体育祭とはいえ、このテンションの上がり方は異常だ。冗談抜きで危険すぎる。

会長の宣誓、恐るべし。あの人、革命とか起こしたら大変なことになるんじゃないだろうか。つーか、会長のあの煽り方もどうだろう。普通に殺せとか戦場とか、物騒極まりない言葉が出まくりだったが。

しかも『白と黒のデスマッチ』て。誰が言い出したんだ、そのあからさまな名前。

まぁ想像はつくけどな。たぶん今フェンスから降りてきているあの人だろう。

「手始めにお前らから倒してやるぞこの黒色デカブツ!」

「ハッ、さすがはクレヨンでいつも最後まで残る色のお前達だな! 今のセリフを吐いた時点ですでに負けフラグだ!!」

「だっ、黙れ! 白クレヨンがなかったら黒い紙に何も書けないじゃねえか! それに、人間最期にはみんな燃え尽きて真っ白になるんだ!」

「馬鹿言っちゃいけねえな。母なる地球は青色だぜ?」

「意味がわからんぞお前らのその口喧嘩」

白クレヨンとか母なる地球とか、体育祭と何の関係があるんだ。本筋から逸れるどころかあさっての方向に爆走してるぞ。何も考えずテンションのまま発言するからだ。

「でも、やる気は伝わってきます!」

「……うん、そうだな」

何故か地面に図まで書いて議論を始めたアホ二名(龍次とタカ)を眺めながら、揚羽が胸の前で拳を握って頷く。

もうなんか、突っ込む元気がなくなってきたぞ。

「樹くんも今日は敵ですけど、負けませんからね!」

そんな風に、挑戦的に笑う揚羽。

そう、C組である揚羽は白組で、D組の俺は黒組。つまり今日は敵同士なのだ。おそらく男子の俺と女子の揚羽が直接対決するような事はないだろうが、そんな事は関係ない。

会長の言葉にはうっかり冷静に突っ込んでしまったが、俺だって体育祭でテンションは上がっている。

だから、

「ああ。俺達黒組こそ、勝たせてもらう」

挑発には挑発で返させてもらった。

揚羽はニッと笑うと、体を反転させて白組の陣地の方へと走っていく。

んー、ああは言ったが、あんな笑顔を向けられると若干戦意が削がれるな。揚羽の事だから計算してやったわけじゃないだろうが。天然って恐ろしい。

まぁ揚羽の事はともかく、俺達黒組が勝とうと思ったら最大の障害はやっぱり………………あの人だよなぁ。

「白組の下僕ども! オレ様がこちらに入った時点で白組の勝利は確定だが、オレは完璧主義だ。戦うからには全勝せよ! 黒組を完膚なきまでに叩きのめし、絶対的力の差を見せつけるのだ!!」

現在進行形で白組を鼓舞、もとい洗脳している会長。

なんせこの前、黒組の麻人先輩に体育祭の話を聞いてみたら、

「キョウが敵だキョウが敵だキョウが敵だ……」

ってガタガタ震えながらずっと呟いてたからな。もはや質問どころじゃなかった。

あの様子だと、会長は障害と言うよりもはや壁らしい。しかも核シェルター並みの強度。うーむ、どうすれば攻略できるんだろう。

「つまりな。弱冷車があるなら強冷車もあるべきなんだ!」

「だから今の論点はそこじゃないだろ! 今話すべきなのは、あの送風が本当に体に優しい弱風なのかどうかということだろうが!」

「お前ら本当に何についての論争をしてるんだよ」

つーか何がしたいんだよ。

何故白組対黒組の挑発の仕合いが電車の冷房の話になっているんだか。

「沢木……。どうやら俺達は平行線らしいな」

「ああ。お互い違う場所で出会えていれば友達になれたかもしれないが」

「だったらこの体育祭で、決着をつけてやる!」

「望むところ! お前を俺色に染めてやるぜ!」

あ、終わった。たぶん白黒とかけたんだろうが、龍次のセリフはなんか語弊があるな。

「そのセリフ、そのままそっくりお前達に返してやるぜ。俺の完全勝利とともにな!」

「誰の完全勝利って?」

ビシッと俺達に人差し指を突きつけたタカの背後から、そんな声。タカの動きが凍りつく。

現れたのは、優雅に微笑む蛍先輩だった。ハチマキの色は黒。どうやら俺達と同じ組らしい。

「おはようございます。いつからそこに?」

「そうね。白井さんが向こうに走って行ったところくらいかしら」

ああ、俺が恐怖に震える麻人先輩を思い出していた辺りか。

「でも、何故わざわざここに? 一年に用があったとは思えないんですが」

「うん、それなんだけど、何故か鷹志が調子に乗って馬鹿な事を口走っているような気がしたのよ」

「確かにしてました」

電車の冷房で話が平行線とかなんとか。対立する意味もない内容だ。

「で、話は戻すけど、鷹志。誰の完全勝利って?」

にこやかに微笑みながら蛍先輩がタカの方を向いた瞬間、タカはものすごい勢いで青ざめた。

「いやいやいや! 俺何も、い、言ってないから! そそっ、それじゃあまた競技でなお前ら!!」

引きつった笑みを浮かべ、タカは早口でそう言うと自分の陣地の方へと走り去って行った。

蛍先輩の何がそんなに恐ろしいんだろうか。あいつには一体、今の笑みの後ろに何が見えたんだろう。

まぁ別にどうでもいいか。どうせタカだし。

「それじゃあ樹君、龍次君。相手はあの獅子尾君だけど、この勝負、勝つわよ!」

「そうッスね。俺が会長を倒す!」

「ああ。力を合わせれば勝てるはずだ」

いかに会長とはいえ、まさか全種目に登場するわけじゃないだろう。勝ち続ければ十分に勝機はある。

会長の扇動で士気が上がりに上がる白組に背を向けて、俺達は自分の陣地へと歩き出した。

さて、まずは第一競技だな。

 

 

 

 

 

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